死んでいる生者

テマキズシ

死んでいる生者


 ボヤケた視界が徐々にクリアになっていく。

 時刻は午前七時。一瞬焦るが、すぐに今日が日曜だということを思い出す。


 社会人にとっての聖日。疲れた身体を休める日。

 私はすぐに布団へ潜り込む。

 その様子を天井から何かが見ていた。



 再び目が覚めると午前十時。私はフラフラの身体を勢いで起こし、適当にご飯を用意する。

 チンで食べられる牛丼とインスタント味噌汁を流し込み、ボーっとスマホを眺めだす。

 暇つぶしに見るのは興味のない一分動画。

 ただただ惰性で見て、つまらなかったらスライドを繰り返す。



 どれくらい経ったかは分からない。

 ただ気づいた時には、目の前に謎のモヤがあった。

 私の会社より深みのある黒を持つ謎のモヤが私の体を深く包み、全身が怖気立つ。


 私は動けない。ただ目の前のモヤを見つめるだけしかできない。

 頭の中に、モヤからと思わしき声が現れる。


『外へ出ろ。何かをしろ。もう午後の1時だ』


 その言葉と同時に体全体から、ヒンヤリと体全体に氷が貼り付けられたような、嫌な寒気を感じる。

 私は慌てて外に出る。このモヤが何かは分からないが、流石に休みの日に外に出ず、何もしないのは何かとは言えないが何かが嫌だった。



 外へ出て俺が散歩道として選んだのは、子供達が多く遊んでいる広場のような公園だ。

 ここなら近くに美味しいと評判のカフェがある。ここで暫く散歩して、そのままカフェで優雅な昼飯にしよう。


 そう思ったのは良いものの、結局俺は手からスマホを取り出し、歩きスマホを始めてしまう。

 周りの景色は次第に白黒になり、周囲の音は消えていく。

 家に居る時と何も変わらない行動。

 ただ外にいると言う事実だけが、残りの事実を打ち消してくれた。


 その様子を見たモヤは周囲をグルグルと周りだし、子供達の間へと入っていく。

 再び喧しい子供達の喧騒が聞こえ始め、気づけば俺は耳を塞いでいた。



 煩い。煩い。煩い!!!


 我慢ができなくなった俺はその場を駆ける。

 昼飯を食べようとしていたカフェへと向かうが、そこで俺は再び足を止めた。


 カフェから楽しそうに談笑している女性達の声が聞こえてくる。

 ……俺は場違いじゃないか?


 腹の音が速く食事を取れと急かす中、俺は静かにその場を離れた。

 モヤがカフェを包み、女性達の姿が見えなくなり、声が途絶える。

 それでも俺は止まることはなかった。



 その日の昼飯はいつもと変わらぬコンビニ飯。

 だが普段は買わないホットスナックを買ったのは、自身の中にある何かからの犯行だった。



 気づけば更に時が飛んでいる。

 食べ終えた俺は、その場で昼寝を始めてしまったのだ。

 休日だと言うのに何故か、工事現場の音が煩かったがその音を無視し、ただただ惰眠を貪る。

 

 目が覚めた俺は適当に出前を頼み、ビールをあおった。

 会社であった嫌な事。最近あった不幸な事。

 忘れたい事を忘れる為に、酒を飲み続ける。

 だがそれでも視界の端に佇んでいる謎のモヤが、俺の心に潜む複雑な感情を忘れさせてくれなかった。



 心がぐちゃぐちゃになりそうな嫌な気持ちを抑え、俺は床につく。

 電気を消し、眠りにつこうとすると、ふと…気づいた。気づいてしまった。


 モヤが、俺の体に纏わりついて居たのだ。

 次第にモヤは膨れ上がり、私の身体を覆いかぶさる。

 俺は何とか回避しようと、必死に布団の中に縮こまり、ただただ震え続けた。



『また何もしなかったな。何で俺は動かない? 苦しんでいるのなら、変わればいいのに』


 心の奥底に封印していた思いがあふれ、嗚咽を吐き涙を流す。

 耳をどれだけ塞ごうと、モヤの声は心の中から聞こえてくる。

 今の私には、この部屋の暗闇が太陽の無い夜だからこその暗闇なのか、モヤによって覆われ光を遮断された暗闇なのかが分からなかった。


 




 

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