ある死刑囚の話
キリン
引っ掛かっている
「殺してほしいと言われたので、殺しました」
余命わずかのがん患者の生命維持機器の停止による殺人。
その裁判において、田口の主張は一貫してそうだったらしい。だが彼自身の口から無罪だとか悪くないとかそういったセリフが出てくることはなく、ただ彼は素直に自分の罪を認めていた……弁護士が求めるものと、本人が求めるものが違っているようにさえ思えたと、傍聴席にいた人間は言っていた。
結果的に田口には死刑判決が下された。刑が執行されるまでの間、アイツは俺が働いている刑務所に身柄を置くことになったのだ。
田口は無口なやつだった。死刑囚とは思えないほど模範的で、看守の言う事をよく聞き、独房ではぼーっとしながら壁を見つめていた。
俺は気味が悪いと思っていた。これまでいろんな囚人を見てきたが、どいつもこいつもクソみたいな人間もどきばかり……なのに、初めて見た人殺しの死刑囚が、こんな落ち着き払った模範囚だなんて。
なので、俺は、死刑執行の前日に田口と面会を行った。
特に理由はない、ただの興味である。
「なんで人を殺したんだ」
ガラス越しの田口に俺は初っ端からそう尋ねた。
田口は疲れたような、困ったような顔をしていたと思う。決して若くない彼は、白髪頭をボリボリと掻いて言った。
「頼まれたんですよ、患者さんに」
頼まれたから、自分の意思じゃないから。
今更責任逃れでもするつもりだろうか? 人殺しのくせに。
「あの人……小野寺さんね、すごく頑張ってたんですよ」
小野寺。ああ、コイツが殺した患者の名前か。
「若いのに病気しちゃってね。絶対生きてやるんだーっていつも私に言ってましたよ……だからまぁなんというか、他の患者さんよりも贔屓してた感じがしますね」
「じゃあ、なんで殺したんだ?」
裏があるはずだ、矛盾があるはずだ。
善人の皮を被ったコイツの化けの皮を剥いでから、俺は”ああやっぱり犯罪者”と思いたい。そうでなければ、俺は気が狂ってしまいそうだから。
「……もう、どうにもならなかったからですよ」
そう言って田口は話し始めた。治療を頑張れば頑張るほど衰えていく小野寺の姿を、段々と弱っていく彼の身体と精神を……自分は無力だったとか、なにもできなかったとか。
「彼を殺す前日には、もう喋ることすらできませんでしたよ。触っても脈があるかどうかなんてわかりませんし、心電図がウソ付いてるんじゃないかなぁって何度も思いました」
「……」
「医者じゃなくても、もうなにをしたって無駄だって分かります。あれはもう、まだ生きているだけの死体みたいなものでした」
「だから、殺したのか」
「ええ」
介錯のつもりなんだろうが、だとしても人殺しだ。コイツは人を殺した、どんな理由があろうと人を殺してはいけない……それを破ったのなら、等しく屑だ。
「田口、お前は犯罪者だ。死刑が執行されるまでの間、自分がやったことを省みろ」
「……はい」
面会の時間も丁度終わりだ。監視役の看守が、田口を連れて部屋から出ていく。
「看守さん、最後に話を聞いていただきありがとうございました」
そう言って、田口は立ち上がった。
「私は、これから悔やみます。人殺しとして、死刑囚として……その上で、ああやっぱり私の行動はきっと最悪でありながら、最良ではあったんだと」
俺が睨みつけるのと対象的に、田口は穏やかだった。そのまま去っていく背中が消えるまで……いや、消えても俺はしばらくその虚空を睨みつけていた。
俺が生きている田口を見たのは、それが最後だった。
◇
翌日、田口の死刑が執行されてから数時間経った頃、中年の夫婦らしき男女が泣きながら家路についているのを目にした。
同僚に田口の遺族か? と聞いたが、どうやら違うとのこと。……なんとあの二人は、被害者である小野寺の遺族だった。
泣いていた。その意味を、俺は田口が死んだ今でもずっと考えている。
田口は自分の罪を認めていた。だが、その罪が誰かを……誰かの苦しみを終わらせることができていたのであれば。……それは、ちょっとぐらい情状酌量の余地があったんじゃないか?
もしもあの中年夫婦の涙が、怒りや憎しみだけではなく感謝の意味がほんの少しでも含まれていたのであれば……なんて、ありもしない妄想を膨らませている。
これが、俺の矜持を揺さぶり続けている。
それでも曲げるとか、変えるとかはしない。これは正義であり、当たり前の結果だから。
だがなにか、なにかが奥に引っかかっている。
そしてそれが、これからの罪と罰について考えるべきなにかなんだということも、察している。
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コッチモミロォ(シアーハートアタック)
ある死刑囚の話 キリン @nyu_kirin
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