最終話 推しに押されて進んだ恋

「入りたいの?」


 もうヤタカに脅された?と、一ミリもメンバーを信用してない玲くんに、思わず苦笑が浮かぶ。


「合宿が終わった時、寂しかったの。もう皆と集まることもないし、撮影することもないんだって思って」


 思い返すと、企画を考えるのは楽しかった。ちょっとしたハプニングはあったけど、それを乗り越えると皆との団結力が高まった気がして、達成感が得られた。


「それに〝動画を面白くするために〟とか〝ここで発言するといいかも〟とか、そういう事を考えるのも楽しかった。撮影の時に上手く発言できたら嬉しかったし! きっと、私のやりがいに繋がっていたんだと思う」


 だから「次がない現実」に寂しくなった。もっと頑張りたいって思ったの。


「許されるなら、Neo‐Flashの皆と頑張りたい。全国の皆に、もっともっとNeo‐Flashを知ってほしいから。私も役に立ちたいって……おこがましいけど、そう思ったの」


 両手に握りこぶしを作った私を見て。玲くんは「そっか」と頷いた。


「ごめん、玲くんは私が入ることに反対だったのに」

「反対じゃないよ。俺が、ゆのを大切に思ってるだけ」

「う、うん……っ」


 玲くんのストレートな言葉に、ドキドキしちゃう。だって玲くん、両想いって分かった途端、急に甘い言葉が増えて……。ずっとロマンチックなセリフを聞いてる気分だよ! 頭も心臓も、パンクしちゃう……!


「あ、でもメンバー同士で恋愛していいのかな?」

「推しの俺(ノア)がイイって言ってるから、大丈夫だよ」


 珍しくおちゃらけた玲くん。新たな一面に、またドキッと惹かれた。


「でも……ふふ。まさか推しに、私の恋を後押ししてもらえるなんて思わなかった」

「ゆのの恋、ちゃんと進んだ?」


 日光に照らされながら、玲くんが私を見る。その姿はキラキラ光っていて、カッコイイなんてもんじゃない。


「うん、進んだ。今、最高に幸せな気分ッ」

「そっか」


 フッと笑った玲くんが、真剣な顔で私を見る。そして――


「俺もね、ゆのが大好き。だから言わせてほしい。ゆの、俺と付き合ってください」

「!」


 顔を少しナナメに傾けて、口元は僅かに上がって。柔らかい眼差しで、私を見てくれる玲くん。好きな人から「付き合って」なんて――感動して、今にも泣きそうになりながら答えた。


「はいっ!」


 満面の笑みを浮かべた瞬間。強い風が吹き抜ける。遠くにいる三人は「わっ」と、紙を押さえたりスカートを押さえたりしていた。笑っちゃうのが、お姉ちゃんのスカートを押さえているのがリムチーってところ。


「おいステラ、お前、ちょっとは自分の身なりに気を遣えよ。リムチーが浮かばれないだろ」

「身なり? 私が大事なのは、卒業動画のことをメモした紙の方だけど?」


「やっぱりステラはストイックだね、かっこいいよ!」

「リムチー、お前もちょっとはプライドを持て」


 すっかり従者になったリムチ―を、憐みの目で見るヤタカさん。ふと、こっちが気になったらしい。「おーい」と、私たちにむかって手を挙げた。


「もうチャイム鳴っちゃうね。皆と合流しようか、玲くん」

「……」

「玲くん?」


 私たちが静かになる後ろで、「あー!」とお姉ちゃんの叫び声。空を指しているあたり、何かが飛ばされたらしい。


「大変! 私たちも行こう!」

「……ゆの」

「ん? わぁ!」


 名前で呼ばれた途端、目の間が真っ暗になる。いや、正確には、ギリギリまで玲くんの顔が近づいていた。そして、どんどん差は縮まっていき――ちょん、と。唇に、柔らかいものが当たる。


「……え?」


 今の――って思っていると、玲くんが私から離れる。その顔は赤くて、すっごく照れていて。私と目が合うと、眉を下げて笑った。そして、まだ騒がしく空を見ている皆を見ながら、「しー」と。自分の唇に、長い人差し指をあてる。


「みんなには内緒、ね?」

「!」


 やっぱり、今のって、キ……⁉ 気付いてから、すごい速さで唇に手をあてる。


「……~っ」


 いろいろ衝撃だったけど、嬉しい。私たち、本当に付き合ってるんだ!


「あの、玲くん」

「ん?」


 玲くんも空に舞う「ある物」を見ながら、私の方へ体を倒す。近くなった耳に、私は遠慮なく口をもっていった。


「玲くんの彼女になれて、すっごく嬉しいです。これからも、よろしくね」

「!」


 握りこぶしを口にあてた玲くんは、少し照れた後。改めて、私と向き合った。そして「こちらこそ」と、切れ長の目を細める。


「なんか、恥ずかしいね」

「皆が騒がしくて良かった」


「へへ」と二人で笑う空間が、幸せすぎて。私たちは、しばらく見つめ合っていた。そこへやって来たのは、大きな足音! 二人分!


「おい、どけどけ! あれ拾わねーとヤバいからな!」

「何が飛ばされたの?」


 私たちの横を通り過ぎるヤタカさんとリムチ―に、玲くんが尋ねる。すると返って来たのは、とんでもない答え。


「さっき三人でイタズラに描いた似顔絵だよ! 名前もバッチリ入ってるから、見られるとヤバい!」

「なんであんなの描いたのよー!」

「ステラが〝これも卒業動画に載せよーよ〟って言ったんだろうが! パソコンに読み込んだ後、顔はスタンプで隠せばいいじゃん、って!」


 右往左往する皆を見ながら、私と玲くんは見つめ合う。そして同時に、プッと吹き出した。


「おい、お前ら! 笑ってるけど、全員分のイラストと名前が載ってるんだからな! 特に、ステラ妹! お前に至っては本名だからな!」

「え!」

「……」


 ヤタカさんの声を聞いた途端、玲くんの顔つきが変わった。ヒラヒラ舞う紙を、静かに見つめている。


反対に、じっとしていられない私は、お姉ちゃんと一緒に走り出した。でも、まるで私たちをあざ笑うように飛行する紙。そんな高い位置にはないけど、なかなか取れない!


 だけど、一瞬だけ風がおさまった瞬間。パシッと。高くジャンプした玲くんが、紙をキャッチした。


「れ、玲くん!」

「ありがとう、ノア~!」


 歓喜に湧いたみんなが、彼に駆け寄る間。玲くんは、一番近くにいた私に、こっそり耳打ちする。


「言ったでしょ? ゆのは俺が守るって」

「!」


 その言葉に、私は顔から手足から、ぜーんぶ赤く染まっちゃって。それを見て全てを察したヤタカさんとリムチ―が「えぇ⁉」と。驚愕の声を、雲一つない空へ響かせた。


 ❀


 最近。学校には、とあるブームが起きている。


「Neo‐Flashの動画みたー? ステラが卒業してどうなるかと思ったけど、〝スピカ〟が入ってくれて一段とよくなったよね!」

「ステラにはステラの、スピカにはスピカの良さがあるんだよね~」


「しかも新人教育係にノアが任命されてさー。スピカに過保護なのが、またいいの!」

「案外、ノアって面倒見いいよねぇ~」


 さらに別の子たちは、こんな話をしていた。


「ステラの個人チャンネル見てる?最近、編集が上手になって更に見やすくなったよね」

「ヤタカから指導を受けてるんでしょー? ステラは拒否してるのに、ヤタカが勝手に教えてるんだって」

「ヤタカおもしろ~!」


 一方で、推しに同情を寄せる声も……。


「リムチ―はリムチ―で、これからも頑張ってほしいよね」

「ステラLoveだったのは、リスナーも知ってたからさ……」

「ステラが卒業してからは、担当の理科に一段と身が入って、最近わかりやすくなったよね」


「「「健気だわ~」」」


 学校内外、いろんなところでNeo‐Flashの話題を聞くようになった。SNSでも彼らの情報は行きかっていて、最近では動画告知が出ると、秒で拡散されるという。


 その貢献に、一躍かっているのが――


「ねぇ、ゆの~。次にNeo‐Flashがイベント配信するのって、いつだっけ?」

「任せて、まーちゃん! 次のイベント配信は、来月の五日、土曜日だね!」


 さすがゆの、と拍手を送ってくれるまーちゃんに、私は更に熱く語る。


「このイベントには元メンバーのステラがプチ参加するんだよ! イイものになるから、絶対みてね!」

「なんか、ゆのが出演者みたいに聞こえるね」


「え、あはは~」

「……ふっ」


 必死に誤魔化す私。その後ろでは肩を震わせながら、玲くんが笑いをこらえていた。


【 完 】

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推しに押されて進む恋 またり鈴春 @matari39

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