こぶしと金平糖

シヅさんは綺麗なひとだった

青鈍に銀鼠の

絣の着物は、木綿がすりきれて

はだけた胸元から、薄い鎖骨と胸が

そこだけ別の生きもののように脈動している


まんさくの花びらが落ちて、こぶしが咲きはじめる頃

裏山の奥へ消えてしまう

青年団の兄様方や、組の衆や

消防の人や、警察官が、総出で探すのだ


普段、学校で目だたないぼくも

その時だけは、友達に囲まれた

隣の女のひとについて あれこれと質問攻めにあう


シヅさんは家の縁側で

膝をまるめて、ジッとこちらを見つめた

その瞳がぎょろりとしていて、なんだか怖くももあったし

気持ち良さそうに田圃のあぜを

唄いながらフラフラしているときもあった


ごく稀に、意味のないことを叫ぶので

学校帰りの悪童たちが

彼女に小石を投げつけて囃したてる


昭和四十五年の四月

山里ゆえに、山にまだ少し雪が残っていて

それでも低い林にはこぶしの花が咲いていた

いなくなったシヅさんは見つからなかった


はじめは大騒ぎしたものだったのが

日にちが経つほどに、何もない田舎の事件にも

慣れが訪れはじめた


黒髪をひっつめたおくれ毛がぞっとするほど

白い首筋を際だたせる

ぼくの手のひらに金平糖をのせてほほえむと、見惚れてしまう

彩り鮮やかな砂糖菓子は、シヅさんのこころ模様のようだ

そればかりが思いだされた


一ヶ月ほどのち

山奥の堤のふちで倒れているシヅさんが見つかった

まだ子供なので、大人が忙しく行き交うこぼれ話で

なにがあったか、きれぎれに知るだけだ

同じ組の青年団の若者が、

近所の人に説明していたここのところ暖かい日が続いたので

遺体はかなり傷んでいたという

説明に来た青年の服から

饐えた生ゴミが黄色い水になったときのような匂いがして

みんなげえげえしていた


ぼくも吐いた

気持ちが悪くて、目に涙がにじんで

胃がからになるまで吐いた

これはシヅさんの匂いなのに

どうしてぼくは


シヅさんは美しいひとだった

けれども人の世とは相容れなかった

どうしてもシヅさんは


生から離れてしまったシヅさんは

もう金平糖の甘さを留めていない


こころの中に、ぼくだけのシヅさんを描いた

シヅさんの金平糖のようなほほえみが

本当にはぼくを観ていなかったとしても

良いのだ、いまは


堤の縁に腕を泳がせて眠っているひとの躰に

こぶしの花びらがふわりと舞って

やがて白練の繭に包まれる


シヅさんは胸のなかに棲まう

芽吹く山々に解き放たれるのだ

ぼくの両手で、つぎの年も、またつぎの年も

花びらの羽根をした蝶々……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

記憶の折り紙 tokky @tokigawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ