いま「LOST10」というドラマを観ております。2026年……新しい。私の話は過去の話ばかりなので、カクヨムに投稿する人には意味がわかんないなあと思いまして、でも、無理に自分の頭を上書きするのではなく、自分という土台に、「イマドキ」を上書きしつつあるとでも言いましょうか。
そもそも、私には世間と断絶空白の30年があって、幸いにも、医学が進歩して、世の中ことを知ることができるようになりました。おかげで、横浜流星さんというお名前を知りました。ご本人とは関係なく、私のイメージでは「横浜○○」というと、ヤンキーの兄ちゃんです。柄が悪い、つっぱっている、「横浜ギンバエ」なる素人バンドが流行った頃のまま頭の中が止まっていました。
「LOST10」は、登山ドラマであり、保険の闇であり、登山警察捜索隊の話でもあります。私にはよくわかるジャンルです。あ、書いているウチに終わった……
私はカクヨムに入らない人、そういう想いが最初からあって、訳もわからず退いている。多分、世代間ギャップの所為だと思います。
それでも、「蛍の嫁」「私の幸せな結婚」その他嫁もののアニメ、は拝見しました。面白いかと聞かれれば「よくわからない」が正直な気持ち。嫁の玉の輿による苦労ってそんなにシンプルなのかと突っ込みたくなる。最期は必ず嫁に力があったという結末も。第一回から最終回が想像できる。
私が「転スラ」を愛してやまないのは、多分「結末を知りたい」と思わせてくれたからでしょう。最終巻を読んでも主人公の正体がわからないなんて滅多にない。先日も書いた菊地秀行は「Dの秘密を明かすと終わってしまう」と残しています。
「転スラ」の最終巻も、秘密を知りたがる読者に教えないのが目的だったのかしら。内容とセリフと日本語が一致しないために、読者が勝手に妄想した正体になってしまいました。
異世界転生で完結したのは「転スラ」だけだそうです。驚いた。私は古いので起承転結で終わる物だと思っていました。異世界物は魔法という便利な物があるので、何とでも作れる気がするんですけど……
因みに今日は分段落で書いてみました。一行ずつ空白の箇条書きはOKらしい。今のライトノベルは,どうして一文がそんなに短いのかわからなかったけど、スマホを使うからかも、と考えました。スマホで読みやすい形式。なるほど。スマホを使わない私にはできないことだわ。
パソコンで観たとき、ひとりひとりのコンピューター画面の見え方が違うので、箇条書きだと、自動的に妙なところで改行されます。分段落だと、どんな横幅に指定されている画面でも、妙な改行や空白がないので、私には読みやすかったのです。
私は今、生きている。創作活動に参加している。それなのに、なぜか溶け込めない。それは私が古くて、老害で、BBAでブスな所為かと思い込みました。女性を罵るときよく使われるから。カクヨムの人が意地悪なのではないのに、ネットをひとくくりして尻込みしました。
流行は変わる。なので言葉遣いや、愛読書を質問されると、女性の場合年齢の計算に使われて、凄いおばあさんのように言われたトラウマですかね……
もともと幼い頃から古本しか読んでいません。ネットの読書好きは、常に最新の物に飛びつく。そして流行は廃る。悲しいことに女性アイドルの若いときと、中年になった今を比べて「劣化した」と書く人もいます。
笠井潔は、「三島は切腹したことで20年小説の寿命をのばした」と書いています。しかし三島由紀夫はアメリカ人に読まれます。主にサムライ、切腹というワードを纏っているところが魅力なのでしょう。つまり外国ではいまだに読まれている。三島の小説の趣旨とははずれた受け止め方でね。
私には最早、何がライトノベルで何がそうではない書き物で、何が文学なのかわからない、純文学は嫌いです。他人の深く書き表したと言われる純文は、退屈だからです。エンターテイメント小説全盛の時代によく本を読んでいました。高村薫、皆川博子、篠田真由美、あ、篠田真由美の「建築探偵桜井京介」は昔漫画になった物を観たことあるよ。漫画になっても難しいんだ、笑
作家が精魂込めた作品が、古くなってすぐ忘れられる。私はそこに痛みを感じる。過去の読書歴を数えたことはありませんが、今でも忘れられない作品は、「星のひとみ」という童話なのです。検索して貰えれば、あらすじはわかります。ネットで読めるかも。
……私はここにいて良いんでしょうか。