「Nice to meet me!」
炉扇
「Nice to meet me!」
「はじめまして」
「小説を交換しませんか」
「I want you……want you? ……本当に?」
……。……、…………。………………、…………………。
「………………」……、…………! …………、……? …………?
わからない。
わからない。
想いを言葉にしないことには何もわからない、……けれど。言葉って意外と寡黙だ。言葉だって翻訳、…………翻訳調? ……翻訳、だ。「わからない。」を繰り返した意味が私以外にわかるだろうか。メールにしたらどうなるだろう。
わからない。(泣)
わからない。(怒)
とでも書けばわかるだろうか。……わからない。(呆)
私だってわからない。………………だからあなたに、彼女に、わかるわけない。
「to. I want you to」
「I want you to……know? meet?」
「I want you to meet me…………、あれ?」
それって「I want to meet you」?
「I want you to know me……I want you to know me……」
「I want to know you……」
音と匂いって不憫だと思う。
私は筆箱を落とした。彼が振り向いて、散らばったカラーペンを集めてくれた。それを手渡して、彼は椅子に座りなおす。私はその後ろ姿を眺めている。
これだけ見ても随分幸せなものだけれど。それはそれとして、まだ幾分物足りない。私が目を瞑っていたらどうだろう。
筆箱に手が当たった感触と押しだす感触、ふいに手が軽くなって落としたことに気づくだろう。もちろん落ちた音によっても。
落ちていく刹那、自分が筆箱を閉めていることを祈るだろうけれど、無残にも細かな音が連続して、中身が散らばったことを悟らせる。筆箱が落ちるより先に、中身が落ちた音がするかもしれない。
己の不注意を呪っているところに、前から椅子を引く音が聞こえて、幸運を祝う。真下に落ちたのであれば、彼の匂いまでするかもしれない。匂いは表現しがたいけれど、感情と結びついている。彼は心地よさの匂いだった。私がつけているのは心地いい匂いの香水。匂いが人に伝わっているかって視覚より判断しにくい。
「はい」
それを聞いて私は手を伸ばす。彼はしゃがんだまま手渡すだろうか。立つのであれば何か声を聞くかもしれない。小さな足音がして、引いた椅子が戻される音がする。私はペンを握っているだろうか。彼はここまで想像するだろうか。
私はあなたに会いたいし、会うのは簡単だった。私の意志だ。いつでも会いに行けるし、探せばどこかにいる。あなたに私に会ってほしいというのは…………。
「私は、あなたに、……会ってほしい? ……私に」
「私は、会いたい、あなたに」
………………………………。意志。……………………。自由。…………、自由意志? ……………………。選択…………権利……。
「I want you to think…………」
「Do you want? ……Do you want to?」
あなたは何がしたい? 彼女は、……何がしたい? ……あなたはどうしようもなく、自由だった。きっと私も、私も、それになりたい。
「Hello!」
「I want to know you!」
たとえば…………。……。……それより……。たとえば。
「Do you……know me?」
違う。やっぱり。…………。………………、過去、現在。未来……。
「Do you think? ……you want to?」
………………………………………………………………。
………………………………………………………………。
………………………………………………………………。
「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」
「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」
「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」「Know me!」
「I want you to……」
視覚は簡単に遮ることができる。一方嗅覚と聴覚は勝手なものだ。彼を見ないようにしたって、小さな音一つで気になってしまう。
むしろ見ていたほうが安心だ、なんて思っていると今度はピクリとも動かない。見つめる鍋は煮えない。でも放っておけば? それは蒸気のように消えてしまう。冷えれば固まり熱せば動き、固まれば冷え動けば熱す。それはまるで原子のよう。エントロピーの法則。……理系の女ってどうだろうか。
スマホには見たくないものばかりだ。現実には聞きたくないことばかり。イヤホンが学生の必需品になるのも無理ない。そのうち私の耳も鈍感になるのだろうか。嫌なことを甘受できるように。
──それは嫌だ。聞きたくないものを聞けるようになってしまったら、私の意識はどこに生きているのだ? 反抗こそが生で、受容は死。私たちは孤独でしか生きられない。私たちはイヤホンを付けているときにだけ、目をふさいでいるときにだけ、マスクを付けているときにだけ生きている。音楽と暗闇、それだけが人生だ。
……それを超えてくるのが愛やら恋だとかするのなら、それは死に生を、生には死を与えるようなものなのだろう。生も死も、それ以外の何かにも、それではないものを強制的に与える機関。
この世に居場所などないのだ。誰かが嘆くよりも前から。「私の居場所はどこにもない」なんて投稿がばらまかれる前から、最初から。愛してくれる人も同じ。すべてその場限りの、条件付きの、一時的な感情。
…………絶対に? 絶対にそうだろうか? どこかの居場所を追い出されて、誰かの愛を失って。……追い出されて、失って、…………また追い出されて失って。
……私はいつまで居場所を追い出されて、いつまで愛を失える? どこまでも続いていくのか。どこに辿りつくのか。それでも残るものは……?
「『我思う、ゆえに我あり』? 思う=居場所? …、…、……、……、=思う?」
「……心を追い出される? ……追い出された私には何が残ってる? …………私=心?」
「体を追い出される? 私はどこへ行くの……?」
「I love me……? ……I want…… I want me to love me?」
………………それって「I want to love me」?
……。……、……肯定、…………、……尊敬……、自己……!
「私は愛したい…………私を?」
「私は愛してほしい…………私に?」
「Do you……? Do I want……? …………Am I you? Are you I?」
「Hello.」
「Do you want you to love you?」
………………………………………………………………。
「……Yes, I do.」
…………………………………………。
「…………How about you?」
「Do I want me to love me?」
「……Yes, you do.」
「…………me too.」
「I want me to love to want me to love me.」
「You want you to love to want you to love you.」
「Nice to meet me!」 炉扇 @Marui_Rimless
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