半世紀と

 エティ・ヨークは笑わない。

 エティ・ヨークは泣かない。わからない。泣くのかもしれない。

 エティ・ヨークは成長しない。幼い少女の体つきのままで、食べもしないし眠りもしない。

 エティ・ヨークは外へ出ない。目が見えない。本当は手段なんていくらでもあるだろうに、頑なに椅子に座って動かない。

 エティ・ヨークは国籍がない。もう死亡したことになっている。都市伝説としてその名を聞くだけである。


 さて、この女性のために地下のセキュリティつきネットワークルームと、天蓋つきベッドの寝室を与え、電力を供給しているのは誰だろう。たいへん聡明であらゆる情報を持ち、ときには盗み出すことすらできる彼女を、こんな形で隠しているのは。


「エティ」


 エティは振り返らずに短い言葉で続きを促した。いくつものモニタ、キー、何に使うのかわからないレバーやボタン等々に飽きもせず向かい合っている。個人的に調べものをしていることもかなり多いが、本当にそれだけなのかは少々疑問だ。


「今度、どこか行ってみよう。目が見えなくても僕が連れていってあげる」


 何度か掛けたことのある言葉だった。このときばかりは言い聞かせるようにわざわざこちらを見て、はっきりと彼女は言う。「エティ・ヨークは外へ出ない。」と。合言葉のように、ある問いかけや文句に対して定型文を返してくることがあった。その返しこそ都市伝説で語られる一節で、実際に彼女に会った者が人に話すときに拝借した文句だと思えば自然、語られた言葉に便乗して彼女が度々口にすることに決めているならばそれも自然、つまり疑似オカルトの範疇というか、オカルトを作り上げる材料が聞き手とエティの間で共有されているだけといえばそうかもしれなかった。他者から見れば。


「カテューラ時代とはいえね、きっと楽しいよ。目新しい物も多いだろうし。たまには思いっきり笑おう」

「エティ・ヨークは笑わない。」

「どうかな。君だって人間じゃないか」

「エティ・ヨークはヒトではない。」

「エティ」

「何。」


「誰にそんな言葉を刷り込まれたんだ」


 エティ・ヨークは誰でもない。

 エティ・ヨークは国籍がない。

 エティ・ヨークは成長しない。

 エティ・ヨークは死なない。

 エティ・ヨークはヒトではない。

 笑わない。

 泣かない。

 愛さない。

 語らない。

 外へ出ない。

 エティ・ヨークは存在しない。


 そんな風に、彼女は言い聞かされていたのではないかと思っている。あるいはそんな応酬をする“決まり”が、彼女を匿っている人間たちとの間にある。冷血なような、寡黙なような彼女だって会話くらいはするし、頑なとはいっても同じ言葉ばかり繰り返すようなつまらない人ではない。エティ・ヨークは、


「ロール・ローディン。」

「はーい?」

「……あまり穿鑿をしないで。疲れる。」


 エティ・ヨークは普通の女の子なのだから。


「悪かった。カテューラが楽しいなんていうのは大嘘だ。今度、一緒に宇宙旅行をしよう。モニタの画像ばかりじゃつまらないだろう?」

「興味ない。」

「知の探求に貪欲なエティが興味ないだなんて! 仕方ないな、じゃあこれはどうだろう」


 ロールは少女の体に耳打ちする。こちらを見上げる表情は視力矯正具に隠れてわからないが、少なくとも動揺しているように、みえた。その小さな口が慎重に言葉を紡ぐ。

 好きにしたら、と。


(今度僕が都市伝説の文句を変えてやろう)

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