全人類のっぺらぼう化 カクヨムver

赤澤月光

第1話

ある日、突如として、世界中の人々が朝 目覚めると、そこには信じ難い光景が広がっていた。


誰も彼もが目の前にいる家族や友人、そして自分自身の顔を見て驚愕する。


全ての人が“のっぺらぼう”になっていたのだ。


目も鼻も口もない顔に、言葉を失う。


しかし言葉を失う以上に、声を出す事も出来なくなっていた。


最初の数日間、世界は混乱とパニックに包まれる。


政府機関は原因を突き止めるために科学者達を集め、必死に対策を講じようとしたが、手がかりは皆無。


緊急事態宣言が出され、生活必需品の配給や秩序維持が試みられたが。コミュニケーションが取れない世界でそれは困難を極める。


その一方で、“のっぺらぼう”になった人々の生活は驚くべき変化を遂げ始めていく。


意識の中での会話が新たなコミュニケーションの形となり、心の声や感情が直接伝わる事で、多くの誤解や争いが減少したのだ。


人々は目には見えない心の絆をより重視するように。


この奇妙な生活が続く中、人類全体がある重要なことに気付き始める。


それは、視覚に頼らずとも、心の目を開き、他者を理解し、共感できる能力があるという事。


のっぺらぼうになったことで表情を失う反面、言葉や顔に頼らない新たなコミュニケーションの形が模索され、試みが重ねられる。


そして事件が起こってから、1年以上たったある日。世界中の人々が心の中で一つのメッセージを感じた。


「外見だけが全てではない」という考えが、全人類に瞬く間に伝播したその瞬間。


なんと、突然のように再び芽生えてきた目、鼻、そして口。


再び顔を取り戻した人々は、元に戻れた事に安堵すると共に。美しい経験であったことを全身で理解した。


のっぺらぼう化した間に学んだ共感や思いやりの形は、その後の社会に大きな影響を与えた。より調和的で理解しあえる世界を築く礎となっていった。


新しい朝、人々はまた新たな気持ちで一歩を踏み出す。


見た目でなく、心の美しさが一層大事な世界を築いていこうと。


# 顔のない世界で見つけた本当の絆


静寂に包まれた朝が訪れた。世界中の人々が目を覚ますと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。


鏡に映る自分の顔——いや、顔があるべき場所には、ただ平らな肌の表面があるだけだった。目も、鼻も、口も消え失せていた。


東京の小さなアパートで目覚めた佐藤誠も例外ではなかった。彼は最初、まだ夢を見ているのだと思った。しかし、何度目をこすっても現実は変わらない。妻の顔も、隣で眠る幼い娘の顔も、すべてが平らな面になっていた。


「みどり!ちょっと!」


声を出そうとした瞬間、誠は恐ろしい事実に気づいた。口がないのだから、声も出せないのだ。


全世界で同じ現象が起きていた。ニューヨークからパリ、モスクワからシドニーまで、すべての人間が「のっぺらぼう」と化していた。


最初の数日間、世界は混乱の渦に巻き込まれた。緊急事態宣言が出され、科学者たちは昼夜を問わず原因究明に取り組んだ。しかし、この現象を説明できる理論は存在しなかった。宇宙からの未知の放射線? 未確認のウイルス? それとも集団催眠? どの仮説も決定的な証拠を欠いていた。


コミュニケーションの手段を失った人類は、当初はスマートフォンのメモ機能やジェスチャーに頼った。しかし、それらは不便で時間がかかりすぎた。


誠の家庭も例外ではなかった。妻のみどりとの意思疎通は困難を極め、娘の千夏の泣き声すら聞こえない静寂は、彼の心を引き裂いた。


しかし、事態が変化し始めたのは、この奇妙な現象が始まってから約2週間後のことだった。


誠が仕事から疲れて帰宅し、ソファに身を沈めていたとき、突然、頭の中に妻の声が響いた。


「お帰り、誠。今日も大変だったね」


驚いた誠が振り向くと、みどりがキッチンに立っていた。口はないのに、彼女の言葉が明確に聞こえた。それは耳で聞く音ではなく、心で直接受け取る感覚だった。


「みどり? 今、君の声が...」


誠の思考が妻に伝わったようだ。みどりは頷き、再び心の声が響いた。


「私にも聞こえるわ、あなたの考えが」


世界中で同様の現象が報告され始めた。人々は徐々に、この新しいテレパシー的なコミュニケーション方法に適応していった。それは単なる言葉の交換ではなく、感情や意図までもが直接伝わる深いつながりだった。


驚くべきことに、この新しいコミュニケーション形態は、多くの誤解や争いを減少させた。嘘をつくことが難しくなり、真の感情が伝わるようになったのだ。国際紛争は急速に解決へと向かい、家庭内の小さな諍いも減少した。


誠と妻の関係も変化した。かつては言葉にできなかった感情や思いが、今では自然と伝わるようになった。彼らの絆は、以前よりも深く、真実なものになっていった。


「本当は、いつもあなたの仕事の忙しさを心配していたの」とみどりの心の声が伝わってきた。


「君がそんなに心配してくれていたなんて...」誠は心の中で応えた。「僕も、もっと家族との時間を大切にしたいと思っていたんだ」


千夏との関係も変わった。言葉を話せなかった幼い娘の思いが、今では鮮明に伝わってくる。彼女の純粋な愛情と好奇心に、誠は何度も心を打たれた。


世界中の人々が同様の経験をしていた。表面的な会話や社会的な仮面が剥ぎ取られ、人々は互いの本質を直接感じ取るようになった。


そして、この奇妙な現象が始まってから約1年後のある朝、誠は目覚めると、妻の顔に目と鼻と口が戻っているのを見た。自分自身の顔も元に戻っていた。世界中の人々が同時に顔を取り戻したのだ。


しかし、驚くべきことに、テレパシー的なつながりは完全には消えなかった。弱まりはしたものの、心の奥底では互いの感情を感じ取る能力が残っていた。


「不思議ね」みどりは久しぶりに声に出して言った。その声は、誠の耳に懐かしく響いた。


「うん、でも良かったと思う」誠は応えた。「僕たちは大切なことを学んだんだ」


のっぺらぼうになった期間に人類が学んだ教訓は、その後の社会に深い影響を与えた。人々は外見よりも内面の美しさを重視するようになり、より思いやりのある社会が形成されていった。


誠と家族も、毎日の生活の中で、言葉の裏にある真の意味を感じ取る習慣を失わなかった。彼らは時に目を閉じ、心の目で互いを見つめ合うことを忘れなかった。


顔のない世界で見つけた本当の絆は、新しい世界を築く礎となったのだ。

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