第9話 もう直ぐ、お目覚め!

「王子、こっち!」


 言われるまま、頂上付近の西側に位置する方へと行く。日の出の見える方向とは真逆だ。おかしいとは思うが、もっとおかしいことがある。俺を王子と呼ぶ人は、この世に二人といないのだから。


「姫? いや、姫美だな」

「正解! よく私の名前、分かったね!」


「アドレスを交換しただろう。そのときに分かっただけ」

「そっか。あのときはすごくドキドキしてて、チェックするのを忘れてたよ」


「大谷すばる。大谷家の長男」

「大谷! ひょっとして大谷学園の関係者!」


 どうしてそうなる? 


「違います。二刀流の野球選手でもない」

「そっか、残念。私は、佐々木姫美。佐々木家の長女!」


「知ってる。しずなんとかっていうアイドルだろう」

「えーっ。『静かなる岡、熱き海の浜で松、少女の群像』だよ。知ってたの!」


「さっき知ったんだよ。友達が大ファンでね」

「と・も・だ・ち?」


「いきなりSNSの写真を見せられた。拡散禁止じゃないの?」

「拡散禁止はツーショのやつね」


 あっ、そっちは見せてしまった。


「かっ、勝手に使われたら困るよ。酷い目にあったんだから」

「いやっ、使うでしょう。アイドルだもの」


「いいのか? そのアイドルが男を連れまわして!」

「大丈夫。ここには私のこと知ってる人、いないから」


「バレなければいいという考えは、あまり好きじゃないな」

「それじゃあ息が詰まる。『上手く隠すのも芸のうち』って母さんに言われてる」


 どんな母子だと思いながら会話を続けつつ、移動。たどり着いたのは樹齢百年はありそうな、数本の樹木。冷たい風が吹き抜けるなか、姫美が唐突な一言。


「ときに、同学年のすばるくん。君は何月何日生まれだい?」


 これは、どっちが先に生まれたかの勝負。挑まれたら応じずにはいられない。


「四月二日だけど」


 どやっ! この手の勝負、俺は無敵だ。


「じゃあ、四月一日生まれの私のが先だね!」


 姫美は言いながら、木によじ登りはじめる。


「先って?」

「先に登る。先まで登る。先に誕生日を迎えるーっ」


「いやいや、俺よりあとに生まれたんじゃないか?」


 うれしそうにしているが、残念。学年で最初に生まれるのは四月一日と思われがちだが、実際は四月二日だ。知らないとは思えない。


「その通り! さすがはお兄ちゃん!」

「お兄ちゃんって……」


「王子と姫。兄と妹でいいでしょ。今年は盛大に生誕祭をするから、観に来てね」


 俺は姫美のマイペースに振りまわされてばかり。「ついてきて!」と言われたあとには、素直に登る程度に。途中、どうしても見上げることになるが、これを絶景と呼んでしまっていいものだろうか。


「どう? いい眺めでしょう!」


 自慢げの姫美。


「……いやっ……」

「わっかんないかなぁーっ。この景色のよさ!」


「いやっ……布……だけど」


 白い。純白の三角布。二等辺の頂角方面からの眺めだ。


「えっ?」

「えっ!」


 やはり、見てはいけないものだったんだろうか。見たことを言わない方がよかったんだろうか。そんな俺の遠慮に、姫美はお構いなし。


「まぁ、いいでしょう。見せる用のだから」

「へぇーっ。今はそういうのがあるんだ」


 わざわざ見せる用にデザインされてるなんて! 見ていいものなら遠慮は要らない。俺はガン見した。と、不意に風がスゥーッと吹く。姫美の態度が豹変する。


「やっ、やっぱり見ちゃダメずら!」

「ずらぁ?」


「それは方言だから放っといて! 見せたかったのは布じゃないずら!」

「いやっ、でも。見せる用だって言ってたじゃん!」


「だから! その見せる用をさっき脱いだのを忘れてたんだよ」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと白い布、履いてるから」


「だからーっ。それは見ない。空を見るずら!」

「……空……」


 真っ暗で何も見えない。姫美の纏う布が内も外も白だらけで明るいのが邪魔をしているのか、俺の視力が落ちたのか、兎に角、空は……。


「……真っ暗、だよねぇ」

「そう。今は星空。あと数分で空が一斉に明るくなる」


「いや、星もほとんど見えないし、普通の夜明け前と変わらないじゃないか」

「そこまではね。けど、まずはここから北西の空を見てて!」


 言われるままに見る。日の出とは逆の方向で、明るさの欠片もない。当然、暗い。けど、不思議とただならぬプレッシャーを感じる。その正体が、俺には分からない。


「もう直ぐ、私の守り神様がお目覚めになるの」

「守り神様が、目覚めるって?」


 姫美はふんわりした感じの子だとは思っていたが、ここまでの厨二病とは!


 その声に、ほんの少しだけ震えがあるのを、俺は聴き逃さない。寒さのせいか、一種の武者震いか、あるいは信じるものへの畏怖の表れかは、俺には分からない。一つ言えるのは、本当に厄介な知り合いができてしまった事実。今年は、大変な一年になりそう。


「……もう直ぐよ。本当にもう直ぐ」


 姫美が俺に見せたいものって、何だろう⁉︎

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超絶人気アイドルが俺を観るのには理由がある 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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