第8話 初日の出が二倍楽しめる場所

 拡散禁止と言われたけど、SNSに載ってるならいいのかな。


「この写真。撮ったの俺なんだよ」

「へっ!」「へっ!」……「へっ!」


 まぁ、そういう反応になるよな。鳩が豆鉄砲を喰らったよう。スマホは俺から母さんの手に渡る。


「どれどれーっ。うん、かわいい。すばるちゃんの嫁にしてもいいくらいには!」


 その何気ない発言が、波紋を拡げる。みゆきや聖子はもちろん、優子やまりあまで。果ては慶子におばあちゃんも!


「あわわわわわわっ。嫁ってーっ!」

「お母さん。それ、NGワードでしょう」

「ちょっと若過ぎるんじゃないかな。すばるにはもう少し大人の方がいいぞ」

「そうですよ、さなえ様。嫁選びはもっと慎重になさらないと!」

「そうですわね。すばるは一財閥を率いるに足る人材ですもの」

「そうかねぇ。私は大農場の経営に向いてると思うがね」

「………………」


 栄子だけが無反応。


「まぁ、そうだね。選ぶのは、すばるちゃん自身だものね!」


 嫁とか、まだまだ先の話だ。居心地が悪い。話題を強引にでも『静群』に戻そうと思い、自分のスマホを取り出す。


「兎に角、俺が撮ったのは本当だから! 証拠もある」


 と、姫美にもらった写真を表示。


「拡散禁止って言われてるけど、見せるだけならいいよな」


 どやっ! と、みんなの反応がおかしい。


「あわわわわーっ」

「あー、佐々木姫美。すばるのドストライクだ」

「ちっ、近くないかーっ!」

「本当に。けしからんですよ。減点ですよ!」

「まぁ、すばるったら、にやけてませんことぉ!」

「いけないねぇ。浮気は絶対に!」

「………………」

「うん。あり寄りのありだね!」


 えっ? えっ? えーっ! そんなに強く反応するほどだろうか。たかだか集合写真一枚。しかも、すでにネットで出回ってるやつだ。


『おーっと、ご主人様が佐々木姫美にアドレス交換をおねだりされてるぞーっ! ご主人様、そそくさとスマホを取り出したーっ! どうするんだ。交換するのか、しないのかーっ? あーっと。渡した! 渡した! 渡したぞーっ! その隙に姫美がご主人様に急接近、そのままパシャリだ。パシャリしたぞーっ!』


 いやっ、その実況、おかしいから。シャッターを切ったのは俺だし……って、この実況、集合写真のときじゃない。二度目のシーンじゃないのか⁉︎ なんで? どうして? 俺が見せた写真って、まさか……画面を確認。やっぱり……。


 俺が見せたのは、姫美とのツーショット写真だった。


 みゆきの中で何かが漏れる音。聖子が呆れ、他のみんなが一斉に俺を非難する。


「あわわわわーっ。プシューッ……」

「あーあぁ、無茶苦茶だ」

「おい、すばる。私の大事な生徒に何をする!」

「これは業の深い罪ですよ、ツーミ!」

「そうですわね。罪には罰! ですわ」

「これはもう、責任取ってもらうしか!」

「………………」

「じゃあ、みんなでツーショット写真、撮らせてもらおーっ!」


 母さんの号令で、車は高速道路から緊急離脱。近くの公園でみんなで写真を撮る。集合写真ではなく、各々とのツーショット写真だ。




 そして遂に、車は初日の出が二倍楽しめる場所に到着した。



「えーっ、初日の出は六時五十分くらいです!」

「六時半には観る場所を決めて、なるべく動かないでくださーい!」


 おばあちゃんが推している『初日の出が二倍楽しめる場所』は、結構な観光スポットだった。箱根に程近い大観山。到着したのは午前五時過ぎ。さすがに余裕と思いきや、そうはならないのが俺達だ。


「みんな、兎に角、急いで!」

「そんなこと言っても……」

「……この行列よ!」

「先に行って!」

「場所取りしててちょうだい」

「あとで追いつくから!」

「………………」

「人がいっぱいだねーっ!」

「みんな、大丈夫よ。私、穴場を知ってるから!」


 『トイレ戦争』という言葉を知ってるだろうか。俺達が遭遇しているのは、まさにそんな状況だ。係の人も悪態を吐く。


「くっ、どうして今年はこんなに!」

「これでも例年に比べれば、女子率は低いですよ」


「では、何故だ⁉︎ 何故、列が進まないんだーっ!」

「例年よりも、和装の人が多いんですよっ!」


 完全に、母さん達の仕業じゃん。少なくとも、加担しているのは事実。そんな惨憺たる状況に鑑み、俺はひとり、穴場を探して彷徨う。どうせなら、おばあちゃんの推すところを超えたいと思うのもあるし、係の人の前でふんぞり返って待つのは居た堪れないのもある。


 と、誰かが俺の手を掴み、引く。

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