第四章:地球は平面だった!


夏休みも終わりが近づいた頃、俺は漫画同好会のメンバーたちと、旅行からの帰路についていた。最寄りの駅に到着し、いつものように自宅の玄関のドアを開けた。


リビングに入った瞬間、足元に微かな揺れを感じた。カタカタと食器棚のガラスが鳴り、テーブルの上のコップの水が僅かに揺れる。小さな、しかし確かに揺れる感覚だった。


「あら、地震? 小さくてよかったわ」


リビングにいた母が、テレビを振り返りながら呟いた。テレビの画面には、速報テロップは出ていない。



「地震? 今の、核実験じゃないの?」


俺は反射的にそう口にした。母は、怪訝な顔で俺を見た。


「何を言ってるの、アキラ。夢でも見たの? 地震は自然災害よ」


俺の背筋に、冷たいものが走った。自然災害? この揺れが、核実験じゃない? 俺がいた世界では、あんな揺れは、核実験の成功の証だったはずだ。


「違う! 月はプロジェクターだ! ドームの中に星が貼り付いてるんだ! 地震は核実験で起こるんだ! 俺は見てきたんだ! 地球には端があって、氷の壁がそそり立ってるんだ!」

俺は矢継ぎ早に言葉を連ねた。興奮で声が上擦る。


母の顔は、徐々に心配から困惑、そして恐怖へと変わっていった。その表情は、俺が異世界でユウキに話した時と全く同じだ。


「アキラ、大丈夫? 病院、行った方がいいんじゃない?」


母が震える声で言う。その声には、深い悲しみと、理解できないものへの恐れが滲んでいた。


その時、ポケットのスマートフォンが震えた。ニュースアプリからの通知だ。恐る恐る画面を開く。


「能登半島地震、復興進む」

「本日、晴れ時々曇り、降水確率20%」


理解できない。何が起こっている? 月面ドームは? 地殻安定化核実験は? 頭の中が、疑問符でいっぱいになる。俺は、まるで今までとは違う世界に放り込まれたかのように、目の前の光景をぼんやりと見つめた。




始業式の後、教室に戻ってきた俺は、クラスメイトに


「地球は平面なんだ!」


と力説すると、それから皆が俺を避けるようになった。ひそひそ話が聞こえてくる。


「アキラ、最近変なことばかり言うようになったな」「まるで、陰謀論者みたいだ」



…こんなのおかしい。間違っている。



それからというもの俺は、自分の思う「真実」を世界に広めるべく、動画サイトのコメント欄を漁り始めた。「世界の謎を解き明かす」系の雑学動画を見つけては、「真理の伝道者」というユーザー名でコメントを残した。指先は、まるでかつてのあの日のように、迷いなくキーボードを叩く。


「この動画、全く的外れだ。地球は球体ではなく平面。お前たちは偽りの科学に騙されているだけだ」


しかし、返ってくるのは嘲笑と呆れのコメントばかりだった。

「また変なのが湧いてきた」「そういうのは裏垢でやれ」「病院行けよ」


かつて俺が異世界で「真実の探求者」に抱いた感情と、全く同じものだった。皮肉なことに、俺は今、あの「真実の探求者」と同じ立場に立たされていた。


彼らの言葉が、まるで刃物のように突き刺さる。俺は、「正しいこと」を言っているのに、なぜ彼らは理解できないのだ? 彼らこそが、この「丸い地球」という偽りに囚われているのだ。


かつての友人や家族との会話は、完全に途切れた。俺の知る「真実」を誰に語っても、頭のおかしい人間だと見られるだけだった。俺の心の中には、二つの世界の「常識」が混在し、そのどちらもが「真実」であり、「偽り」であるという矛盾が、深い亀裂として残っていた。


夜空を見上げた。丸い地球の空には、無数の星が瞬いている。それは、かつて俺が信じていた、美しく、神秘的な光景だったはずだ。だが、今の俺の目には、それがまるで巨大な透明な球体の内側に貼り付けられた、無機質な光のように見えた。


周りの景色はほとんど変わらない。

帰り道の駄菓子屋も、よく吠える番犬も、昔からある公園の錆びたブランコも。

なのに、そこはもう、俺にとって故郷と呼べる場所ではなかった。


夕暮れの空の下、誰もいない公園のベンチで、俺は独り、白い球体の中に閉じ込められた星々を思い描いていた。

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陰謀論者のつくりかた @soycurd

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