このままもう少し眠っていたかった

ちゃみ

蔦トンネルの先には?

三階まである大型ドラッグストア。

バニラの香りがするハンドクリームをパーカーのポケットに入れた。二階の化粧品売り場から階段を使い出口に向かう途中、二人の女性店員が下から、一人の男性店員が上からやってきて、私は挟み撃ちになってしまう。


三人とも、私の万引きを疑っているようだ。渾身の演技でしらばっくれる私のポケットから、ハンドクリームがぽとり、落ちた。その場にいた全員が一瞬息をのむ。

その瞬間、わたしは途端に階段を駆け下り、店の外へ出て、走る、走る、走りまくる。


三人の店員も負けじと追いかけてくる。真昼間の都会の駅、スローモーションで動いているように見える人々。溢れかえる薄着の観光客やスーツ姿の人々を掻き分け駅の地下に潜り込み、適当な改札を通り抜ける。

まだ追いかけてくる。


いくつもあるプラットフォームから目に入ったものを選び、電車に飛び乗る。

もう呼吸が止まりそうになっていた。安心したのもつかの間、かけこみ乗車であの男性店員が入ってきた。

私たちはしばらく声を出すこともままならず、ただただ目を合わせ、荒い呼吸を繰り返す。


追いかけられていたときには気が付かなかったが、彼は大きなリュックを背負っている。おもむろに、彼はそれを下ろし、チャックを開けて私に中身を見せる。その中にはありとあらゆる種類のハンドクリームがぎっしり入っていた。


「この電車、どこ向かってんの?」

「分かんない。」

「降りたくないね。」

「んね。」


電車は黄緑色の蔦が張り巡っているトンネルの中に入っていく。


ハンドクリーム買わなきゃ、と思いながら眠りについた夜の夢。

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このままもう少し眠っていたかった ちゃみ @lunaticriver

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