第4話 道路標識
私の地元には珍しい標識がある。それほど大きい道路ではなく舗装はされているものの周りが木々に囲まれ街灯もない。そんな道路を走っていると鹿のイラストが描かれている“動物飛び出し注意”の標識が見えてくる。その標識のすぐ隣に手作り感満載の“黒煙注意”と擦れた文字で書いてある看板のような標識がある。私が小さい時からあるので『なんの標識なんだろう?』とは思っていたがあまり気にしていなかった。
―
ある日、私のクラスに転校生がやって来た。明るくとても優しそうな女の子で、どうやら親の仕事の都合で転校してきたらしい。いわゆる転勤族だ。彼女は持ち前の明るさと優しさで転校してきたその日のうちにクラスに馴染み友達まで出来ていた。私は彼女のコミュニケーション能力の高さに驚いた。
「ねぇねぇ、なんか不思議な話とかない?都市伝説とかそういう感じの!今すごく流行ってるじゃない?だから色んな人に聞いてるの」
彼女が楽しそうに聞くので私は件の標識の事を彼女に話すと興味を持ったのかその話にすごく食いついた。
「え、“黒煙注意”?…なにそれ!面白そう!怖い話?都市伝説?教えて!教えて!」
「いや、みんな詳しくは知らないけど…おじいちゃんにはその辺りには近づくなって言われてるし、小さい頃からあるけど何か事件や事故が起きたこともないし変わった標識ってだけだよ」
「見てみたい!見てみたい!」
「え、あ、分かった…あの辺は街灯がないから暗くなる前に帰るからね」
彼女の圧に負けて放課後に件の標識を見に行く約束をした。標識の場所は学校から自転車で30分ほどだ。私は放課後が来るのが憂鬱になった。
―
「おまたせ、さっそく行こう!」
「う、うん。」
気乗りがしない私など気にせず笑顔で自転車に跨る転校生。私は腹をくくるしかないと思い、重い腰をあげ自転車へ跨った。
「ねぇ、黒煙ってことは煙なの?」
「え?んー、たぶん。学校でも言ったけど、小さい頃からあるから別に気にしたことなかったし、じいちゃんに怒られるのも怖くて近づかなかったから詳しく知らないんだよ」
「近寄るなって言われるってことは、危険があるってことだよね?…スリルだなぁ」
「いや、周りが森だから熊とかの野生動物に襲われる危険があるってことじゃないかな」
楽しそうに話す彼女に私は冷静に返すと、「夢がないなぁ」と彼女は呟くように言った。
そうこうしているうちに、例の標識の近くまで来た。
「あ、もしかしてアレ?」
「そう。ちらっと見たら帰るからね」
「分かってるってば!」
自転車の漕ぐ足を一層早め、ついに標識の目の前まで来た時、私は目を疑った。
そこにはいつも見ている“黒煙注意”という標識ではなく、“黒煙発生中”と書かれていた。
「なんか、最初に言っていた文字と違くない?」
「いや、いつもは“黒煙注意”なんだよ…ん?」
そう言った私の目の前をフワッと黒いモヤのようなものが横切った気がした。その黒いモヤに気を取られていると、私の後方から突風が吹き思わずよろけてしまった。
「わぁ!…すごい風だったね。大丈夫だった?…あれ?」
転校生が居ない。先ほどまで目の前に居て、話をしていたのに…まるで煙のように消えてしまったのだ。
「え、ちょっと!どこに行ったの?え?え?」
少しパニック状態になった私は彼女の名前を呼びながら探そうとした…しかし、
「あれ?…名前なんだっけ?」
転校生は必ず自己紹介をするはず、自己紹介では絶対に自分の名前を言うはずなのに…そして私自身も名前を聞いているはずなのに…
「あれ?どんな顔してたっけ?」
急に怖くなった私は、踵を返し自転車を全力で飛ばして家に帰った。後ろから何か叫んでいる声が聞こえた気がしたが私は怖くて振り返ることが出来なかった。
家に帰ると、じいちゃんに放課後あった事を話した。すると…
「可哀そうに…煙(けむ)に巻かれたんだろう」
―
翌日、学校へ行き昨日の出来事を教室で話していると皆口々に「転校生なんて居たっけ?」と全く覚えていなかった。
「転校生なんて居たっけ?…そんなことより、借りてた本返すね。すごく面白かったよ」
「う、うん。面白かったなら良かった。新刊が出たらまた貸すね」
―なんだか、うまく誤魔化されたような…言いくるめられたような…―
「まぁ、いいか」
怖話―こばなし― 孝彩 @ko_zai
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