番外編:忘れ形見 エピソード2

再会、そして家族の形(娘たちが和樹と咲良の元を訪れる)


シーン1:突然の訪問


 あれから約二十年が過ぎ、西山和樹と月島咲良は、郊外に一軒家を構え、二人の間に生まれた愛娘、美咲(みさき)と共に、穏やかな日々を送っていた。和樹は、大学卒業後、情報工学の知識を活かし、IT企業のエンジニアとして働き、咲良は大学院を卒業後、研究職に就いている。多忙な毎日だが、咲良と築き上げた家庭は、和樹にとって何よりも大切なものだった。高校時代の、あの甘くも複雑な日々は、遠い記憶の彼方へと薄れつつあった。


 ある休日の午後。和樹がリビングで美咲と遊んでいると、玄関のチャイムが鳴った。宅配便だろうか、と和樹が扉を開けると、そこに立っていたのは、見慣れない三人の女子高校生だった。三者三様、それぞれに異なる雰囲気を持ちながらも、和樹は彼女たちの顔のどこかに、忘れかけていた、しかし確かに見覚えのある面影を見出した。


 一人は、快活で明るい笑顔が印象的なショートカットの少女。その瞳の輝きは、かつての山本結衣を彷彿とさせた。もう一人は、すらりとした長身で、陸上選手のような引き締まった身体を持つ少女。その静かで意志の強い瞳は、伊藤楓のそれに瓜二つだった。そして最後の一人は、どこか知的な雰囲気を持ち、控えめな佇まいだが、その顔立ちの端々に、佐々木梓の面影を感じさせた。


 和樹が戸惑っていると、ショートカットの少女が、少し緊張した面持ちで口を開いた。

 「あの……西山和樹さんで、いらっしゃいますか?」

 和樹が頷くと、彼女は一歩前に踏み出した。

 「私、高橋希望と言います。そして、こちらが小林未来と、伊藤光です」

 そう言って、彼女たちは三者三様に、深々と頭を下げた。

 「私たち……お母さんの遺言で、西山さんを訪ねてきました」

 希望の言葉に、和樹は全身の血の気が引くのを感じた。まるで雷に打たれたかのような衝撃が、彼の脳天を貫いた。お母さんの遺言?そして、この子たちが……。和樹は、二十年前の、あの「青春の思い出の証」という言葉が、現実となって目の前に現れたことに、ただ立ち尽くすしかなかった。


シーン2:衝撃と葛藤


 和樹の動揺を察した咲良が、美咲を抱きかかえて玄関に現れた。咲良は、目の前の見知らぬ女子高校生たちを不思議そうに見つめる。和樹は、震える声で、三人の少女たちをリビングへと招き入れた。


 リビングのソファに座った三人の少女たちは、緊張した面持ちで、それぞれが持参した小さなポーチを開いた。

 高橋希望は、少し色褪せた一枚の手紙を取り出した。

 「これは……お母さんが、亡くなる直前に、私に書いてくれた手紙です」

 震える声で希望が手紙を読み始める。そこには、和樹への深い感謝と、報われない愛情、そして希望が和樹の子供であること、そして和樹と月島咲良を頼るようにという、切々とした母親の願いが綴られていた。

 小林未来は、小さな日記帳を差し出した。そこには、母親である遥が、和樹とのマッサージの日々や、彼への想いを綴った断片的な記述があった。そして、未来を産み育てる決意、そして未来を和樹に託す言葉が記されていた。

 伊藤光は、一枚の写真と、母親の簡潔なメモを差し出した。写真は、高校時代の和樹と楓が、体育祭の打ち上げで並んで写っているものだった。メモには、「光の父親は、この人。西山和樹。彼を頼りなさい」とだけ書かれていた。


 三人の少女たちの話を聞くにつれて、和樹の顔からはみるみる血の気が失せていった。二十年前に、彼が深く関わり、そして「卒業」したはずの秘密の関係が、思わぬ形で、そして想像を遥かに超える重みを持って、彼の人生に舞い戻ってきたのだ。彼の心臓は、激しく、しかし虚しく鳴り響いていた。


 咲良の表情は、怒り、悲しみ、そして困惑が入り混じっていた。彼女は、和樹の過去の秘密を知らなかった。目の前の三人の少女たちが、和樹の子供であるという事実は、彼女の築き上げてきた平穏な家庭を、根底から揺るがすものだった。美咲を抱きしめる腕に、無意識に力が入る。

 「和樹……これは……どういうことなの……?」

 咲良の声は、絞り出すように細く、その瞳には、裏切られたような光が宿っていた。和樹は何も言い返すことができなかった。自分の過去の過ちが、妻を、そして愛娘を傷つけている事実に、和樹はただ、打ちひしがれるしかなかった。


 リビングには、重苦しい沈黙が降り注いだ。美咲は、その場の張り詰めた空気を敏感に感じ取ったのか、咲良の胸元に顔を埋め、不安そうに両親を見上げていた。和樹は、目の前の三人の娘たち、そして愛する咲良と美咲の間で、激しい葛藤に苛まれていた。


シーン3:新たな家族の形


 数日後、西山和樹と月島咲良は、激しい対話を重ねた。咲良は、最初こそ和樹の過去の裏切りに深く傷つき、怒り、悲しんだ。しかし、和樹がすべてを正直に話し、深く後悔している様子を見て、そして何よりも、目の前の三人の少女たちが、何の罪もない和樹の娘たちであるという現実を受け止めた。


 「和樹……私、あなたのこと、信じてる。そして、私たちの愛も。だから……この子たちを受け入れましょう」

 咲良の言葉は、和樹にとって、何よりも重く、尊いものだった。彼女は、和樹を「本命」として選んだ自分の愛に、そして二人の絆に、揺るぎない自信を持っていた。咲良の寛大さと、深い愛情が、和樹の心を救った。


 和樹は、三人の娘たちと改めて向き合った。

 「すまなかった。俺は、お前たちの母親たちを、そしてお前たちを、知らなかった……」

 和樹の言葉に、高橋希望、小林未来、伊藤光は、それぞれ複雑な表情を見せた。希望は、亡き母の無念を晴らすかのように、和樹に強い視線を向けた。未来は、不安そうに和樹を見つめ、光は、静かに和樹の言葉を聞き入っていた。


 しかし、和樹と咲良が、彼女たちを温かく迎え入れる姿勢を見せるにつれて、三人の少女たちの心も、少しずつ開かれていった。美咲もまた、最初は戸惑っていたが、すぐに姉となる彼女たちに懐き始めた。


 こうして、西山家には、和樹と咲良、美咲、そして突然現れた三人の娘たちを含めた、新たな「家族の形」が生まれた。リビングには、子供たちの賑やかな声が響き渡り、食卓には、家族が増えた分だけ、たくさんの料理が並ぶようになった。


 和樹の青春は、月島咲良との報われた片思いによって最高の形で結実したが、同時に、報われなかった他の女子たちの片思いは、形を変えて「子供」という証を残した。それは、ほろ苦くも、愛おしい、複雑な、しかし間違いなく「和樹の物語」の一部だった。和樹と咲良、そして予期せぬ娘たちとの新たな家族の物語が、ここから始まるのだった。彼らの絆は、過去の秘密と、未来への希望を抱えながら、より深く、強固なものへと変わっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後リラクゼーション 〜彼女たちの秘密と僕の選択〜 舞夢宜人 @MyTime1969

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ