届かぬグローブ

蒼鉛

短編 届かぬグローブ

 昔から何かと上手くいっていた。


 そういう言い方をすれば聞こえは良い。でもそれは、ただただ小さな成功体験がそう自惚れさせていただけなのかもしれない。


 よく褒められた。やりたいと思ったことだけはなんだかんだ言っても最後には成功していた。だから、今回も、なぁなぁでも大団円になれる。そう思っていた。


 メインメンバーでは居られた。でもスタメンじゃない。補欠。一軍最下位。

 胸が、傷んだ。



 ずっと憧れていたんだ。あの日、テレビを見てから。


『打球が空へ伸びていく!追い風を受け空を裂いていく!もうすぐで届きそうだ!伸びる、伸びる、伸びる、伸びる、入ったーーーー!!!星青高校!逆転サヨナラホームラン!まさかの優勝だーーーー!!!』


 ただ一心に白球を追い求める姿に焦がれた。あの日から、ただ一つの思い出いっぱいだった。


 あんなふうになりたい。


 でも諦めかけた。才能もない、病弱な体だった自分に吐き気がした。中学の時にはもう辞めてしまっていた。ただこんなしょうもない夢なんかを追うんじゃなくてもっと実用的なことをした方がいいとさえ思った。まともな学校に進学して普通に大学に行って普通に生きたほうがきっと長い目で幸せに生きれると思って封じ込めた。

 でも、まだやりたいと思ってしまった。そう強く願ってしまった。諦めきれなかった。グシャグシャに握りつぶした、真っ黒に塗りつぶした紙をもう一度取り出してしまった。


 第一志望 星青高校


 今からでも馬鹿みたいに頑張ればできるんじゃないか。なぁなぁに生きればいい、そう思って堕落しきった頭でもできるんじゃないか。そして、またやりたい。そう思ってしまった。

 結果的に受かってしまった。受かれてしまった。中途半端にしか頑張っていないのに、ろくに覚悟も決まってないのに。受かってしまった。嬉しかった。でも同時に、苦しかった。お前なんかには無理だよ。そう言ってほしかった気持ちもあったから。


 いざ入学してみたらそんな事も忘れてしまっていた。結局俺は特別だったんだみたいに舞い上がって、喜んでまた野球部に入って、でもなんか心の何処かに引っかかった違和感が拭えなくなっていって。


 部活は楽しかった。でもだんだんなんでやっているのか解んなくなっていった。こんなはずじゃなかったのに。思い描いていたのはこんなだったのか?そんな疑問が日々膨れ上がっていく。内部の人間も真面目な奴となんとなくの奴できっぱり別れてまとまらない。着替えのときは口論と罵声が飛び交ってる日々に、疑いが募っていった。

 そして気づけば二年になってしまっていた。何も成せなかった。あの頃みたいな熱量はもう無い。人数が足りないから、そんな明確に裏のわかるような採用の仕方でもメインに入れて嬉しかった。


 わからないなら、やってみよう。この一年本気でやってみて、嫌いなら辞めよう。


 そう思ったら体が自然と動いていて、なんて昔みたいには行かなかった。

 そう思っても金縛りにあったみたいに動けない。やらなきゃ、動かなきゃ、そう思ってるのに何も言い出せない。何もできない。


 話せばわかると思っていた人間関係も、初めのミーティングのときに打ち砕かれた。掴み合いの喧嘩にもなった。キャプテンも上の指示に従うだけ。二年で構成されたチームなんてこんなもんか。そう思わされた。

 気づけば休む日が増えていって、自主練なんかもどんどん減っていって、でも心の何処かで結局団結できてみんなで楽しく夢を追っていけると信じていた。またたった一つの夢を目指してみんなでひた走れると思っていた。

 なるわけ無いのに。自分自身も動けてない一人なのに。何より自分自身が一番動けなくなっているのに。


 大会も迫ってきた頃、メンバー発表があった。これで行こうと思う。そう見せられた紙には俺の名前は無かった。ベンチ入りすらできていない。

 心が冷える気がした。


「なにか異論があったら部活後に言ってくれーーー」


 そう言って去っていくキャプテンの後ろ姿をただ呆然と見るしかできなかった。なんとなくわかっていたことだった。でも心は納得できないみたいで、受け入れられないみたいで。終わってすぐキャプテンに聞きに行った。なんで俺は補欠なんですかと。


「だってお前ピッチャー志望だっただろ?それに、今やってるレフトも特段うまいわけじゃない。それなら同レベルの一年に経験積ませてやりたいんだよ。どうしても入りたいなら入れてもいいぞ」


 別に呆れてるわけじゃない。何か特段俺自身に悪いことがあったわけじゃない。ただ合理的に判断しただけ。別に俺はどっちでもいい。そんな意思すら感じる。


 理解はできる。メンツで一番休んでたのも一番パッとしないのも俺。何なら一年に負けてるまである上、重要なポジションでもない。どうせ落ちぶれた野球部でどうでもいいから出してやってもいい。そんなふうに受け取りたくなってしまうくらいに俺が悪い。だからこれは、仕方ないことなんだ。俺はやることはやってたんだ。


「わかりました!そういうことなら一年入れてやってください」

「おう。ごめんな」

「いえいえ気にしないでください。俺の努力不足ですので」


 その謝罪がたとえ偽善で仮初めだったとしても、とても痛かった。



 その日の帰りはどうやって帰ったのか覚えていない。貼り付けたような笑みで人と接して、気づいたらベッドの上に寝転がっていた。


 どうせろくなことしてなかったんだから

 来年辞めるつもりだったんだから

 はなから見限っていたんだから

 俺がやることやっていなかったんだから

 わかりきっていたことだったんだから


 そんな言葉が浮かんては消えてを繰り返している。ろくなことを考えられない。テスト期間なのに勉強にも手がつかない。

 自業自得だ。夢見てる若者とろくでもない年上なら年上が排斥される。当たり前だ。俺自身が歩んできた結末だ。なにかできたことがあったわけじゃなかった。大半は本当に体調を崩していたんだ。やることはやっていたんだ。結果も残していたんだ。ただ本当に負けただけ。仕方ないんだ。


「なんて、納得できるかよ……」


 心の何処かでずっと思っていた。なぁなぁでも適当でも最後はきっといつもみたいに笑えるって。そんなばかみたいな空想をずっとしてきたんだ。


 適当でも、全力出さなきゃそんな結果にならないってわかってたはずなのに。


「良かったじゃねぇか俺。叩きのめしてくれたぞ、世界が」


 俺は、どんな顔をしていたのだろう。わかりたくもねぇや。でも、そう言えてしまう自分が心底嫌になった。

 応援団は交通費こそ支給されるものに自分で行かなきゃならない。つまるところ親もバレるんだ。メインに入ったことは話していたから余計に気まずい。


「なんて言えばいいんだよこんなの……」


 気まずいから応援すら行かないは流石に非常識だ。それに大事な三年でも続けて次は全力で、なんてことも思えない。たとえそうしたとて、同じ結末が待っているだけなのが目に見えてわかってしまったから。

 なにかもう少しでも意地はって頑張っていたらなにか変わったのかな、なんて言葉はもう遅い。それに入る手段はあったのに蹴ったのは俺だ。


「やっぱり、やりたかったよ……」


 それでも涙すら出ない俺はもう、ダメなんだろうな。

 ちくしょう……

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