雨上がりの希望
九戸政景
本文
「こんな俺に、意味なんてあるのかな……」
雨の夜、男性が一人暗い室内でうつ向いていた。ベッドの上でひざを抱える男性の目は暗く、男性の呟きは暗闇の静寂の中へと溶けていった。
「失敗続きで何もうまくいかない。うまくやろうとする度に失敗して、それで注意されてもまた同じことを繰り返しては呆れられたりもっと怒られたりする。こんな人生に何の意味があるんだ。それならいっそ……」
心の奥底で降る雨は男性の心を冷たく襲い、やがて男性の目には暗い輝きが宿る。そして男性は傍らの携帯電話を手に取ると、冥土への旅立ちのために検索エンジンに文字を打ち込もうとしたが、その時、ある通知が男性の目に映った。
「なんだこれ……動画サイトの通知みたいだけど、おすすめとして出てきたみたいだな……」
おすすめとして表示されたのはVTuberと呼ばれる配信者の動画だったが、それを男性は興味なさげに観た。
「こういうの、まったく興味なかったのにどうしておすすめに……でもまあ、これもなんかの縁だ。これだけ観たら、今度こそあの世に行く手段を考えないと……」
男性は携帯電話を操作して通知をタップした。まもなく動画サイトが開き、動画が再生されると、男性の顔は驚きの色に染まった。
「な、なんだこの歌声……」
動画は、複数人のVTuberで構成されたグループによる歌唱動画だったが、スピーカーから流れる歌声は重なりあい、互いを引き立て合いながら見事なハーモニーを奏で、それらによって強調された楽曲の歌詞がより男性の胸に染みていった事で男性の目には涙が浮かんだ。
「な、涙が……涙なんて、もう枯れ果てたと思ってたのに……!」
歌を聞きながら男性はポロポロと涙を流していたが、それはやがて嗚咽を漏らしながらの号泣へと変わった。男性の心の奥底にくすぶっていた悔しさと怒り、悲しさを堪え忍んできた事で固まってしまっていた男性の心は解き放たれ、暗い闇の中で降り続ける雨に打たれるだけだった男性の心の空は虹が掛かったきれいな青色へと変わった。
「……あ」
動画の終わりと同時に男性は我に返る。涙で濡れた顔で携帯電話を見つめていたが、その目には一点の曇りはなかった。
「もう少し、もう少しだけ頑張ろうかな。でも、どうせ頑張るなら、俺も辛さを抱えている人達に力を貸したい。俺は特別な力があるわけでもないし、なにか秀でてるものがあるわけじゃない。でも、それでも何かしたい。そのために、俺が出来る事は……」
男性の目には希望の光が宿っていた。そして男性は、動画サイトを閉じてから携帯電話を操作し始めた。それからおよそ一年後、とあるVTuberの噂が流れ始めた。それは雨音のみの暗い背景の中で傘を差しながら立つ和服姿の男性であり、少し遠目であることで顔はうっすら見えるだけだったが、リスナーの悩みを解決していくその姿はリスナー達の希望となっていた。
雨上がりの希望 九戸政景 @2012712
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