ベッドで考える

らいむぎ

ベッドで考える

「今日はなーんにもできなかったな」


はぁ、とため息をつく。


田舎での一人暮らし生活。普段はやかましいほど聞こえてくる鳥の声も、今日は雨のザアザアという音でかき消されている。いや、鳥も巣の中でじっと身を丸めているのかもしれない。


暮らし始めた当初は、都会では見られないような青々と茂った木々の写真を撮ったり、大きな湖の辺りまでわざわざ自転車を漕いで汗だくになったりした。憧れの田舎生活のスタート、というキャッチフレーズをもとに、どこまでも体が動いた。


そして夢の職業、イラストレーターとして活動できるよう、毎日のように描いた。

行った先々の自然や動物の模写も怠らず、温かな人々の様子からもインスピレーションを受けた。


でもそれは期間限定のイベントだったようだ。

気がついたら、こうしてベッドの上から動けないまま、もう夕方になっている。


流石に食べ物は食べなければと思ったが、枕元にゼリー飲料が都合よくあったので、余計にだらけてしまった。


イラストレーターの仕事を続けてはや三年。

自分の力で好きなことをして食べていくんだ!と意気込んでいた私は、いつの時代の自分だろうか。


始めてみれば少しは人気も出るだろう、と正直舐めていた。小さい頃から周りの人に自分の絵を見せてみればすぐに褒められた。自分のために描いて欲しいと頼まれることだってあった。イラストレーターが夢だと言うと「絶対なれる!!」と必ずと言っていいほど返してくれた。


それが今はどうだ。

自分の絵をどれだけ投稿しても、同じようなレベルの人間は山ほどいる。

たまに気に入ってくれる人もいるが、仕事の依頼が来たりファンになってくれたりするかは別の話だ。


好きなことで一生暮らしていくこと。

これがどれだけ過酷で不可能に近いことなのか、自分がやって挫折するまで、まるでわかっていなかった。


私はベッドの上で、かろうじて動く右腕を曲げ、顔の前に手のひらを向けている。その手にはスマートフォン。親指だけが、忙しなく動き回っている。


無料ゲームも数年前は楽しんでいたが、誰かが描いたイラストが使われいているのだと思うと、胸の中がザワザワとして何かが群がる感覚がして気分が悪くなってしまうため、最近ではニュースや小説、お笑い番組なんかがマイブームである。


それでも、イラストで溢れかえるこの世の中で、イラストから逃げることは簡単ではなかった。この田舎でも、少し歩けばポスターが、誰かの家の窓を覗けば推しのキャラクターが、ニヤリと口角を上げてこちらを見つめてくるのである。


きっと画面を見つめている今も、さっさと机に向かって必死に描き続ければいいのだろう。他のライバルもみんなそうやって今頃頑張っているのだろう。


でもいつまで頑張れば良い?

その答えは永遠に出ることはないのだ。



気がついたら、天井をただ見つめていた。

右手からぽとりと、四角い板が床に落ちた。

目元が濡れている。雨漏りみたいだと思うと、何故か笑いが込み上げてくる。

お笑いを見過ぎたかな。動画はあんまり面白くなかったけど。


もう、今日は巻き戻せない。

諦めて、天井を見つめるしかない。


窓の外では、パラパラ、ヒューヒューという、いかにも雨の日、というサウンドが鳴り響いていて、否応なしに耳に入ってくる。


その雑音が、いい塩梅に独り言を掻き消してくれた。


誰しも一度は経験したことがあるであろう。木目を見つめているとだんだん模様が人の顔のように見えてくる。目元が濡れているせいか、それは水面にうっすらと姿を現す人魚のように見えてきた。


頭の中に勝手に人魚のイラストの完成図が浮かぶ。

浮かんでしまったら最後、もう描かずにはいられなかった。

ベッドから這い出てゆらゆらと足を動かし、いつもの仕事道具を机の上に出す。


気持ちより性分が、指を動かすと言う形で現れる。

私はきっとこれからも、描くことを嫌いにはなれないのだろう。

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ベッドで考える らいむぎ @rai-mugi

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