Aくんと僕
百夜 綴(ももや つづり)
渡り廊下
君はそのことの意味を、本当に知っているのかい?
あの日、僕らは何を交わしたのだろう。
僕は未だ、それを思い出せずにいる。
僕が通っていた小学校は、田舎とも都会とも言えない、ごく普通の小学校だった。
一階の渡り廊下だけを鮮やかに覚えている。
僕らが二年生まで使っていたその渡り廊下と教室は、もう使われなくなったらしい。
当時の僕は、動物が好きだった。
嫌いな動物は、人間だった。
好きな季節は秋だった。
乾燥した落ち葉を踏んで、演奏家になった気分になれるあの時期が、何より愛おしかった。
嫌いな季節は冬だった。
好きな教科は国語だった。
授業に関係のないページの作品を読むのが好きだった。
鉛筆の匂いを一番感じるのが国語だった気がした。
嫌いな教科は体育だった。
嫌いな時間は給食だった。
特に嫌いな人間は、先生と親だった。
人間が嫌いな僕にも、たったひとりだけ、好きな人間がいた。
同じクラスのAくんだ。
Aくんは優しくて、頭のいい男の子だった。
二年生の秋だった。
僕は、今は使われていない、一階の渡り廊下が好きだった。
中庭に面している開放的な渡り廊下は、木でできていて、歩くたびにギシギシと音を立てる。
暖かい季節は虫が多かった。
僕とAくんは、よく学校を探検した。
別に古くも新しくもない、怪談があるのかすら知らない、普通の小学校。
屋上は閉まっていた。単純に危険だからだろう。
僕とAくんは、いつものように一階の渡り廊下に座って話をした。
その時に言われたんだ。
君はそのことの意味を、本当に知っているのかい?
僕はAくんにキスをしたんだ。
Aくんは悲しそうにそう言った。
悲しそうに、微笑みながら。
僕はおよそ六年間という、長い時間の中で、Aくんのことくらいしか覚えていない。
Aくんにまつわるものしか覚えていないんだ。
Aくんは、その年の冬に死んだ。
親に殺されたと聞いた。
ネグレクトという言葉を、大人になってから聞いた。
死んだ人間は心の中で生き続ける、なんてことは思わない。
大好きだったAくんは、いつもの渡り廊下にいる。
僕だけが知っているAくんの存在。
あの時、僕はAくんにキスをした。
唇を噛みちぎりながら。
Aくんは驚きもせず、ただ静かに僕の唇を噛みちぎった。
それはまるで、挨拶のように自然だった。
“そのこと”に意味なんてなかった。
僕らだけが知っていれば、それでいい。
僕らの季節は、あの頃のまま。
今はもう、誰も通らない渡り廊下。
秋までもうすぐだね、Aくん。
Aくんと僕 百夜 綴(ももや つづり) @momoya0
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