潰れない藤原ラーメン店

愛加 あかり

第1話

 藤原ラーメン店は、古びた駅前のアーケードの中にあった。

 20年前は、それなりに繁盛して、福引き大会なども行われていたが。


 駅を新築に変えて、300mほど入り口が遠のき、ズレたのが原因だった。

 大きなロータリーには、ニュータウンへのバスが並び。都市開発の波に乗り、ビルが立つと、塾とパチンコ屋が増えた。


 昔ながらのアーケードはすたれて、少しずつ空き店舗が増える。


 時折、新しく飲み屋が入ったりするが。

 明るいのは最初だけで。苦しくなると、明かりを消して、一日おきの営業となり。

 点滅し始めると、信号のように真っ赤が続き。直ぐに、オーナーごと消える。


 先週、入り口に有った、床屋が灯りを落とした。

 床屋の反対側にある喫茶店は、手を変え、品を変えて、ギリギリの経営で、細々と暮らしている。


 そんな、アーケードの中央に、藤原ラーメン店はある。

 お爺さんは、老眼鏡を使って、新聞を読み。

 お婆さんは、角のテレビを見ながら、茶をしばいている。


 お昼時なのに、お客の姿は無く。飲食のスペースは、とても綺麗だった。


 いつも、入り口の扉には、クローズの白い札が掛けられていて。

 アーケードの中なのに、角が茶色に日焼けしている。




 俺の名は、晴海智也 21歳。

 少し離れた、キャバレーでボーイをしている。


 どんくさい俺は、いつも誰かに虐められていた。

 特に、同じバイトの永井だ。


「智也、2番テーブルのお客さんに、ビールを頼む」


「はい。分かりました」


 俺は、冷蔵庫から、冷えた瓶ビールを取り、お盆に乗せて、2番テーブルに向かった。


「お待たせ致しました、瓶ビールです」


 お客さんは、嬢と談笑中だった。


 俺は、空気を読んで、瓶ビールの栓を勝手に抜いた。


「おい、ビールなんて、頼んでないぞ」


「いつも、オーナーに言われているでしょ。確認してって」


 お客にまで、馬鹿にされている。


 俺が、瓶ビールを下げて、キッチンの洗い場へ戻ると。永井が、瓶ビールを奪った。


 勤務中だが、ビールに口を付けて、グビグビと喉を鳴らす。


「酷いじゃないですか。2番テーブルに、注文入って無かったですよ」


「俺は、そんな事。一言も言ってないけどなー」


 永井も、俺と同じ住み込みのバイトだが。オーナーであるアニキに、気に入られていた。


 俺は、高校を中退して。アニキの又吉が、俺を脅して、そのままキャバレーで、住み込みのバイトをしている。


 逃げようなんて、考えても無い。

 ガキの頃から、両親はなく。親戚中をたらい回しにされて、うんざりしていたから。

 一人の部屋を、与えられた時に、逃げようなんて気が無くなった。



 今日、東京から稲葉ナナ(in a banana)が、キャバレーに、逃げて来た。


 稲葉さんの父親が、町工場を営んでいて。不景気なり、町工場は傾き始めて、稲葉さんは工場の保証人となった。


 だが、立て直す事は出来ずに、父親は入院して。工場は押さえられて、アニキのところへ逃げて来た。



 アニキは、借金で追われた人たちを、東南アジアに逃がしていた。



「今日から、しばらくの間、お店で働いてもらう、稲葉さんだ。アルコールの接待は無しで頼む」


 いつでも、海外へ飛び立てるように、アルコールを飲ませないようにとの、配慮だ」


 何度か聞かされていた。

 一度、ベトナムへ飛ばして。トランジットだったのが、アルコールが入って、寝てしまい。乗り遅れて、失敗した話を。


 稲葉さんも、そうだった。アルコールは飲まずに、接客だけを行っていた。


 泊まる場所は、俺たちと同じ。ボロのアパートだ。仕事が終わり、永井と稲葉さんと俺とで、3人で、田舎のあぜ道を歩いた。


「稲葉さんって、可愛いよね。アイドルの大牙ちゃんに、似てるって言われない」


「え〜。よく言われます」


「でしょ。凄く可愛いよね」


「そんなに、褒めないで下さい。何も出ませんよ」


「大丈夫。中に出すのはオレの方だから」


「もう、辞めて下さい」


「舐めて下さい」


「ヤダ、もう変態」


 稲葉さんは、笑いながらボロいアパートに、到着した。


 客人は、先ずボロいアパートへ通される。

 俺は、1日かけて、壁や畳を何度も拭いて、綺麗にしたつもりだったが。


「ねぇ〜、ボロでしょ。俺の部屋は、まだ新しい方だから、俺の部屋に来なよ」


「ソレは、ダメだろ。アニキに知られたら、ぶっ殺されるぞ」


「バレる理由ないだろ」


「絶対にバレるから」


「永井さんも、晴海さんも、落ち着いて。私ここで寝るから、心配しないで」


 稲葉さんは、つま先だけで、汚い物を踏み分けるように、掃除した部屋へと入った。


「それじゃあね。また、明日。お休みなさい」


 俺と永井は、部屋を追い出されて。2人そろって、各々の部屋へと戻った。


 部屋に戻ると、夜食用に買った、コンビニのカップ麺とおにぎりを食べながら、つまらない深夜のバラエティー番組を見て、眠りについた。


 眠りについた頃、けたたましく、スマホが鳴った。


 直ぐに、通話に出た。


「コレから、稲葉の身柄を、受け取りに行くから、準備しておけ」


 俺の返事を、聞く間もなく。一方的に切れた。


 だが、アニキの命令は絶対だった俺は、直ぐに、稲葉さんの部屋へと向かった。


「稲葉さん。アニキから、電話があり。異動が決まったそうです。起きて下さい」


 稲葉さんは、起きもしないし、部屋の電気も付かない。


「稲葉さん。起きて下さい。アニキに怒られますよ。怒ると、怖いんですよ。アニキは」


 俺の声のトーンは上がり、怒鳴り声に変わっている。


「稲葉さん、起きろー。アニキが迎えに来るんですよ」


 全然起きない、稲葉さんに。怒りを覚えていたが。ふと、『コンビニへ行ったのでは』と、考えるようなった。


 駐輪場へ行き、1台しかない自転車を確認した。

 しかし、駐輪場にも、自転車は置かれていた。


 緊急事態用のマスターキーを取りに、永井の部屋に向かった。


 あっ。何で、俺だけしか、動いていないのだろう。永井のヤツは、何遊んでいるのか。気になった。


 永井の部屋も、電気が消えていた。


 日頃は、鍵なんてかけないが。デリバリーを呼んだ時には、鍵を閉めると話していた。


 永井の部屋のノブを、『ガチャガチャ』動かしても、鍵がかかっていた。


 俺は、二層式の洗濯機を傾けて、下からスペアの鍵を取り出した。


 俺は、スペアの鍵を使い、永井の部屋に入った。


「永井、スマン。アニキの命令なんだ。稲葉さんの部屋のマスターキーを、取ったら帰るから」


 入り口で、そう話して。部屋の中へ入った。


「何で、入ってきたの」


 女性の声がした。


「智也、もう、お前のことを、虐めたりしないから、もう少し外で待っててくれよ」


 奥の方から、永井の声が聞こえた。


「アニキの恐ろしさを、お前知っているだろ。稲葉さんを、起こさないと、稲葉さんも困るはずなんだ」


 俺は、永井の部屋にズカズカと入り。

 キッチンの上にある、小さな照明器具の紐を引っ張って、明かりをつけた。

 自転車や、お店の鍵が掛けられている、キーボックスの蓋を開けて、マスターキーを取り出した。


「辞めろ、直ぐに電気を消せ。頼む智也」


「お願いだから、電気を消して」


 2つの頭がこちらを向き。

 上に乗っている方は、永井で。下に居るのは、稲葉さんだった。


「頼む。もう少しで、抜ける筈なんだ。アニキには黙っててくれ」


「お願い。又吉さんには、黙ってて下さい」


「あっ。アニキですか、チョットトラブルが起きました。永井が、稲葉さんに跨って、膣痙攣を起こしているようです」


 

「はい。いえ違います。分かりました。失礼……」


 また、一方的に切に切られた。


「ヤバい。俺、殺される」


「どうすんのよ、コレ。私が、高跳び出来なかったら、アナタのせいだからね」


「動くな。痛いだろ」


 俺は、二人に掛けられた、薄手の毛布を、剥ぎ取り、横に敷いた。


「キャー、辞めて」


「頼む。もう少し、時間をくれ。助けてくれよ」


 次に、布団の端を持ち上げて、2人を毛布へ移動させた。


「待って、本当に待って」


「うわ~。テメー、下手に出でりゃ〜いい気に、なりやがって、ぶっ殺すからな」


 2人の位置が入れ替わり、挿入部分が丸見えになり、グロいと感じて、タオルを掛けた。


そのまま、引っ越しをするように、毛布を力強く引っ張った。


 二人が抵抗して、作業がうまく進まない。


「お願いだから、辞めて。引っ張っらないで」


「マジで辞めろ、ぶっ殺すからな」


 俺は、永井より、兄貴の方が怖かった。


 2人を、キッチンまで運んだ所で、アニキが到着した。


「どうなっている」


「表に出すことは、出来ませんでした」


「まぁいい。智也は、気にするな」


 爺さんが、アニキの後ろから出てきた。


「爺さんを、連れてきて正解だったな。頼むよ」


 爺さんは、ポケットから、医療用のメスを取り出した。


「又吉さん、それと若いの。コイツの手足を押さえろ。それと、お姉さん。動くなよ、お前が、出血多量で死ぬぞ」


 稲葉さんは、動かないように、永井に力強くしがみついた。

 下で、状況を知らない、永井がうろたえている。


「何、何が始まるの」


 爺さんは、2、3回、永井のペニスにメスを入れて切断した。


『ゥ゙ァァァ』と、一度叫んだだけで、二度と反応しなかった。

 俺は、爺さんが間に入り、タオルを捨てたのを見て、爺さんの影から覗き込んだ。


 爺さんと、足を捕まえていた俺に、血しぶきが飛んだ。

 飛んだのは、血しぶきだけだよな、と思いつつ。目の前では、稲葉さんが立ち上がった。


「時間が無い、そのまま向かうぞ。車に乗れ」


 稲葉さんは、下着と洋服を抱えて、ハイエースのいちばんおくにすわった。


 次に、ブルーシートの敷かれた、後部座席の床に、永井が押し込まれて。俺も後ろに乗った。


 爺さんは、服を全部脱ぎ。白いブリーフ一丁になり。助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。


 ハイエースは、病院へは向かわずに、街の方へ向かっている。

 着いた先は、錆びれたアーケードの中にある、藤原ラーメン店だった。


「着いたぞ、永井を残してみんな降りろ」


 俺とアニキは、飲食スペースの所から、大量の雑巾を取り。ハイエースへと戻った。


 爺さんと稲葉さんは、そのまま業務用の冷蔵庫の前にある、分厚く透明なカーテンの奥にある、調理場へと使った。


「智也。お前は、取り敢えず、車の後ろに乗れ」


 ブルーシートの上に流れる、永井の大量の血を、雑巾で拭き取りながら、アニキは山の方へと向かっている。 


 空が、明るみを帯びて、景色に彩りが現れた頃。

 アニキは、行動の真ん中で、車を止めた。


 相当、怒っていたのか。『ガチャガチャ』と、音を鳴らしながら、グローブボックスの中から、オートマチックの拳銃を取り出した。


 運転席から降りて、後部のハッチバックを開けた。


『チッ』アニキが、舌打ちをして。


「しゃーないか」


 後部のハッチバックが、勢いよく閉まった。


『バン』


 足早に、俺の座る、後部座席のスライドドアを開けて、全開に開け放ったまま。

 永井の上に跨り。手にした白い枕を、永井の顔に当てた。


「お気に入りの、枕だったのに」


 枕の上から、拳銃を当てて、引き金を引いた。


 アニキは、自分のタイミングで、耳を押さえていたが。

 俺は、普通に耳鳴りがする程の、衝撃が走った。 


 永井は、完全に沈黙した。生きているとは、思ってなかった。

 だけど、永井の魂が抜けて。ここで、肉塊のように感じた。


 ハイエースの中は、硝煙の匂いが広がり、微かに、肉が焼ける匂いが立ち込めた。


 アニキが、運転するハイエースは、そのままドライブスルーへ入り、ハンバーガーセットを、購入した。


「智也、コレから忙しくなるから、先に飯を売ってろ」


 ハンバーガーセットの一つを、俺に渡した。

 足元には、永井の肉塊が転がり。食べ物は、喉を通らないと、思っていたが。ポテトまで完食した。


 アニキは、ハンバーガーを頬張りながら、アーケードの中へ戻った。


「人が増える前に、長居を降ろすぞ」


 俺とアニキは、ブルーシートで永井を包んで、藤原ラーメン店の中へと運んだ。 


 タイミング良く、爺さんが奥の調理場から出て来た。

 緑に塗られた割烹着を着て、頭には頭巾を被り。大きなマスクをしていたが。ブリーフ一枚のお爺さんだった。


 手には、医療用のオレンジ色した、クーラーボックスを持ち。


「ほらよ、肝臓2つ」


「コレを、冷凍庫に運んだら、直ぐに持っていくよ」


「若いの、厠は入って右奥だ。掃除をするなら、厠はいらんと思うけど。出来るだけ走れよ」


 お爺さんの、言っている意味が分かったのは、トイレに駆け込んでからだった。


 稲葉さんは、服を脱がされ。お腹もグチャグチャに、引き裂かれていた。

 口には、永井のモノと思われるペニスが、顔を出して、目は、開いていた。


 そこまでは、永井の死体と血を見ていたから、まだ吐かずに、行けたのだが。


 問題は、匂いだった。

 豚骨ラーメン屋の独特の匂いに似た、強烈な異臭。気付くと、トイレへ走っていた。


 アニキからのバーガーセットは、トラップだったのか。ハンバーガーもポテトも全て、胃から出した。


 アニキは、クーラーボックスをハイエースの助手席に置いて、制限速度ギリギリで、近くの大病院へと入って行った。


 一方、俺は、何度もトイレと調理場を、往復して、稲葉さんが、解体される一部始終を見学していると。


「お兄ちゃん、暇だったら、そこのミンチマシーンに、この肉を入れてくれ」


お婆さんは、俺に大量の肉を渡して、ミンチマシーンに、かけるように指示した。


 ミンチマシーンの出口には、プラスチックのペール缶が、準備されていて。


『釣りの餌』と、ガムテープの上から書かれている。


 結局、稲葉さんは、ペール缶2つ半の量になり。

 骨は、湯通しした後で、肥料の業者が回収していく。 


 翌日の夜から、永井の解体が始まり。

 俺は、永井の臓物をトイレに流しながら、何度も吐いた。

 後は、稲葉さんと同じで、骨から肉をそぎ落として、肉はミンチに。骨は、湯通しして、肥料へ。


 永井を解体した時の朝に。アニキは、ポロシャツに短パンと、カジュアル無装いで、藤原ラーメン店へとやって来た。


「智也。お前、キャバレークビな。ここで、修行して、爺さんと婆さんの技術を盗め」


 そんな話をしながら、『釣りの餌』と、書かれたペール缶を、次々とハイエースの後ろへ載せていく。


 俺は、三大欲求の一つを失う。

 女性を知ることなく、反応しなくなった。


 そして、26で、爺さんが逝き。

 31の時に、婆さんが逝った。


 そこから10年、一人で藤原ラーメン店で、作業し続けて。後輩ができた。


 外科医の経験があり、医療ミスを犯して、藤原ラーメン店に、落ちて来た。



 そして、俺は、何人もの命を奪ってきた、ステンレスの調理台で寝かされている。


「アニキ、コレは何の真似ですか」


「悪い、最近、肝臓の調子が悪くて。取り換えが必要みたいなんだ。許してくれ」


「だけど、何で俺の肝臓が、兄貴と合うんですか。皆、親戚とか家族とかですよね」


「分かっていないな、智也くん。俺と君は家族だ。もっと親密な関係だ」


「回りくどいです。答えをください。納得させてください。俺は、アニキに忠実でした」


「もう、要らないんだよ、お前。お前、母ちゃん居ないよな。どんな奴だったか知りたいか」


「アニキ、俺のお袋を知っているんですか」


「知ってる。あぁ、知ってるも何も、父親も知っているぞ」


「誰なんです」


「父親は、俺だ。お前の母ちゃんは、12歳だった俺を、アパートに招き入れて。楽しんだのよ。今で言う、ショタだ。俺は、小学校から家へ帰り、ランドセルを置いたら、お前の母ちゃんの家へ行き、何度も置かざる続けた。彼女は、法律を破り、世間体を捨てて、本能のままに俺の体を弄び、お前を生み出した。妊娠して、周りが疑い、逮捕された。生まれてきたお前は、親戚中をたらい回しされて、俺の下へ来た。不思議な縁を感じたよ。そして、サヨナラ」


 俺は、真っ白い枕を被せられて、………

 

 ー完ー

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