僕の好きな人が死にました

@sakuya0009

第1話僕の好きな人が死にました。

春の風が吹いていた。

卒業式の朝、凛の姿はなかった。


白い制服、空っぽの隣の席。

教室の光は優しいのに、世界はやけに静かだった。


凛は、死んだ。

告げられたのは突然で、静かで、冷たい現実だった。


病名は、先天性の心筋症

治療法はなかった。

でも、それよりも俺を打ちのめしたのは、


彼女が、ずっとその事実を隠していたということだった。


式が終わったあと、俺はふらりと歩いて、ある神社にたどり着いた。

凛とよく来ていた、学校の裏手にある小さな神社。


ポケットに残っていたのは、凛がくれたお守り。


「お守り、なんて信じないでしょ?でもこれは私の気持ちだから」


そう言って、笑って渡してきた、最後のプレゼント。


思わず強く、強く握りしめた


「凛に好きだと伝えたかったな」


そう呟いた瞬間だった。僕が握りしめていたお守りと神社が共鳴し出した。身体に浮遊感を感じる。光と風が僕を包み、気づけば辺りの桜は無くなっていた。


「何が起きたんだ…」


僕が狼狽していると背後から声をかけられた


「ん? どしたの、ぼーっとして」


目の前にいたのは、制服を着た、笑う凛だった。


「……凛……」


声が震えた。涙が止まらなかった。


「え!? ちょ、泣かないでよ!なに!?何があったの!?え?私なんかした!?」


「ちがう……ちがう……ただ……ただ会いたかっただけだよ……」


何も知らない顔で、彼女は笑った。

それが、余計に苦しかった。


「こいし……」


声がかすれる。

何度夢に見たかわからない、その笑顔。

だけど、今だけは夢じゃない。あの“お守り”が、時間を巻き戻した──そうとしか思えなかった。


「ほら、泣いてないで、行こ?」

凛は手を差し出してくる。

柔らかくて、あたたかい。そのぬくもりが、胸を締めつける。


「どこに……?」

そう尋ねると、彼女はニッと笑った。

「決まってるじゃん、いつも場所でしょ?」


俺たちは、あの日のように、神社の裏手の木々を抜け、境内の石段に腰かけた。

凛は、何かを口ずさんでいた。

風に混じって、その声が耳に残る。


「……なあ、凛」

俺は、そっと口を開いた。


「ん?」


凛は小首をかしげた。


「……お前ってさ、何か悩みとかあったりしない?」


「え? なんで突然?」


「いや、なんとなく……僕はもっと凛のこと知っておきたいって思って……」


「……ふふっ、へんなの」


そう言って、凛は勢いよく立ち上がった

「でも、ありがと。なんか、そういうの嬉しいよ」


彼女はまだ、病のことを誰にも話していない。

俺は知っている。だから、どうすればいいかわからなかった。

救えるのか? 運命は変えられるのか?

ただ、ひとつだけは決まっていた。


「今度こそ──ちゃんと、凛に“好き”って伝えるんだ」


何度も逃げた言葉。間に合わなかった言葉。

今度は、ちゃんと届ける。


その瞬間、風が吹いた。

境内の鈴が、カラン、と鳴った。


その音にかき消される前に、俺は深く息を吸って、凛を見つめた。


「な、なに? まじめな顔して……」


凛が照れたように笑った。


俺は、唇を開いた。


「──こいし、俺、ずっとお前が……」


「……え?」


その瞬間、言葉が喉につかえた。

けれど、それでも、もう逃げない。


「好きだった。ずっと、ずっと好きだったんだ」


凛の目が、驚きに見開かれる。

春風がふたりの間をやさしく吹き抜けた。


「え……ええっ!? ちょ、まって、それ……ほんとに……?」


顔が真っ赤になった凛が、うろたえるように立ち上がる。

そして手で頬を押さえたまま、俺のほうを見て──


「……ずるいよ……」


「え?」


「だって……わたしも、ずっとそうだったのに……」


声がかすれていた。

いつもの明るさとはちがう、どこか壊れそうな声だった。


「でも、言えなかったんだよ……伝えたら、もっと別れが辛くなるって、わかってたから……」


知っていたんだ。

凛は、自分はもう長くないという事を知っていた。


「ごめんね、こんな形でしか言えなくて……でも……」


凛は、一歩ずつ近づいてくる。

俺の目をまっすぐ見つめて──


「……わたしも、あなたのことが大好きでした」


涙が溢れた。

でも、それはもう悲しみだけじゃなかった。


「ありがとう、凛……ありがとう……」


僕らはそっと抱きしめ合った。

その温もりは、現実だった。まぎれもなく。


──どれほどの時間が過ぎただろうか。

ふと、凛がぽつりと言った。


「ねえ……もし、もう一度お別れの時が来ても……ちゃんと笑って、見送ってくれる?」


「……そんなの、できるわけないだろ」


そう言いながら、俺は涙をこらえた。


凛は、笑った。

どこまでも優しい笑顔だった。


「きっと、大丈夫だよ。だって今こうして……あなたと、心がつながったから」


その瞬間だった。


お守りが、ふたたび淡く光り出す。

境内の鈴が、もう一度風に揺れて鳴った。


気づけば、俺は神社にひとり、立っていた。


俺は、空を見上げた。


「……すぐ会いに行くよ」


その時桜の花びらが、ひとひら舞い落ちた。

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