大嫌いな女子とチームを組んで悪を倒すことになりました

モンブラン博士

第1話

吾輩は女子が嫌いだ。我がスター流に女子は不要と考えているのだが、偉大なるスター様は違う考えらしく積極的に弟子に取り入れることを望まれた。

内心は不満であったが表立って口にすることはない。

全てはスター様のために。それが吾輩の行動原理だからだ。

遥か太古の昔、冥府の王として君臨してきた名も無き男だった吾輩にジャドウ=グレイという名前と生きる意味を与え、吾輩を全肯定してくださったのはスター=アーナツメルツ様だ。

彼の忠義に応えるためなら火の中水の中泥水を被ろうと仲間を捨て駒にしようと一片の躊躇はない。

だが、先日のスター様の指示にはさしもの吾輩も堪えてしまった。

まあ、説明したほうがよかろう。


この日、吾輩はいつものようにスター様にスター流本部の会長室に呼び出された。

スター様は地球ではスターコンツェルンという大企業の頂点として振る舞い、地球に危機が訪れた時はスター流の創設者として自らが育てた弟子たちに指令を出し地球の平和を守っている。

会長室に訪れた吾輩をスター様は変わらぬ朗らかな笑みで歓迎した。


「スター様。何か御用ですかな」

「君にひとつ頼みたいことがあってね」


茶色い三つ揃えのスーツを完璧に着こなした彼は後ろ手を組んで言った。


「近頃世間を騒がせているギャング団を制圧してもらいたい」

「スター様のご命令でしたら何なりと」


深々と頭を下げて敵の情報を整理する。ギャング団の構成員は四十五人。全員が男で銃で武装している。普段の吾輩ならば虫けらのように他愛もない相手。しかし、今は事情が多少異なる。流れ出る汗を拭う。

吾輩は不死身だった。少なくともここ数億年は生き続けているし他のヤワなスター流メンバーと違ってこれまでの戦いで一度も死亡したことがない。死亡したことがないということはつまり、スター様から一度も蘇生されたことがない。

吾輩は正真正銘の不死身だった。

炎で焼かれようが絶対零度の凍気を浴びようが機関銃でハチの巣にされようが、バラバラにされようがすぐに再生してしまう。

無論、日光も平気であるし弱点などない。

そもそも地球の武器など吾輩に通用しないのだが……

吾輩は不死身の特権を全力で活かしスター様と流派に多大な貢献をしてきたと自負しているのだが、肝心のスター流格闘術のレベルが低下したのだ。

スター流格闘術はその名の通り素手による格闘を主としており、能力や武器などは補助的なものして扱っている。

能力に重きを置きすぎると能力に頼り切りの戦法になり腕が鈍るというのがスター様の指導方針だったが、吾輩が体現することになってしまった。

現に吾輩は不死身を除けばスター流で最弱の存在にまで成り果てていた。

仮にもスター様の側近。師の右腕でなければならぬ吾輩が何という体たらく。

己を恥じた吾輩はスター様に不死身を一時的に預かってもらうことにして不死身無しでの戦いに自らを置いた。

そして吾輩にとって四十五人という人数は間違いなく脅威になっていた。

地球の武器が通用しなかったのは不死身の時で不死身を失った今はわからない。

死ぬまでとはいかずとも大ケガを負う可能性がある。

吾輩は大変情けないことに――怖かった。

ケガや死ではなく、スター様のお傍にいられなくなることが怖かったのだ。

吾輩ではなく他の誰かが側近の座に就くなど耐えられぬ。

不安で体を震わせているとスター様が声をかけてきた。


「そうだ。今度の任務では女の子と一緒に行動してもらおうかな」

「女子とですと?」


女子と聞くだけで吐き気がするが、スター様は言葉を続けた。


「君はどうも女の子のメンバーとあまり仲良くないみたいだからね。たまにはよく知らない相手と交流して絆を深めるのもいいかもしれないよ」


なんという恐ろしいことをいうのだ我が師は。

満面の笑みで語るスター様に底知れぬものを見た気がした。


「誰を選ぶのかは君に任せるから、頼んだよ」

「かしこまりました」


現在、吾輩は本部を離れて公園にいる。

人気のない公園で何をするでもなくぼんやりと景色を眺めている。

できることなら吾輩が単騎でギャング団に突撃したかったが、そうなれば犬死の可能性は高いだろう。屈辱的ながら女子と行動した方が生存の確率は高まる。

だが、問題は誰を選ぶかということだった。

美琴は戦闘力という点では最も頼りになる。奴がいれば吾輩が何もせずともギャング団など一蹴するだろうが、吾輩は武勲を上げられぬ。もちろん吾輩と美琴との交流もないからスター様は機嫌を悪くされるかもしれぬ。この案は却下だ。

では、ムースはどうだ。

奴は五百年前からの顔見知りだ。ダメだ。吾輩は奴の家族を皆殺しにして奴を地獄監獄の五百年幽閉した張本人。

素知らぬ振りをしているが内心ではよい感情は抱いていない。

それに奴の拷問器具を生み出す能力は集団戦には不利だ。

ならばメープルはどうだろうか?

奴の魔笛ならばギャング団など赤子の手をひねるよりも楽に片づけられる。

知恵も吾輩に勝るとも劣らず常に冷静だ。

否、吾輩と奴の相性と仲の悪さは最悪だ。

そうなると残るのは――


「李(リー)しかあるまい」


吾輩はあまり気が進まないながらも李にテレパシーで本部に来るように伝えた。

スター流本部の吾輩の自室に赴いた李は話を聞くと穏やかに笑って言った。


「わかりました。よろしくお願いします」

「おお、理解が早くて助かりますぞ」


吾輩は李と握手を交わした。李は赤髪を三つ編みに束ねた美少女で、華奢な体躯に赤の中華服を身にまとっている。

スター流の女子の中では理知的で物分かりがいいので吾輩も彼女に対してだけは割と気にかけていたりもする。

具体的にはスター様以外ではタロット占いをしない吾輩が李をの未来を占い、戦いで死ぬことを事前に伝えるくらいには。

幸か不幸か李への死の予言はこれまで全て外れている。

もしかすると奴は吾輩の占いを外す力があるのではと疑っている。

ともかく吾輩は李と行動を共にすることにしたのだが、任務にあたる前に仲を深めておく必要があると考えた。

先ほどから彼女のせいなのか吾輩の部屋にシャンプーと花の香りが混ざっているのだが、気にはせぬ。


「ジャドウさんと僕って似ていますね」


李が言った。


「どこが似ているのですかな」

「わからないですけど、似ている気がするんです」

「ならばそうなのであろうな。似たもの同士、任務も遂行できそうですな」

「ですね」


ニコッと李は花のような笑顔を見せる。


「並の女子や男ならば骨抜きだろうが吾輩はそうはいきませんぞ」

「やっぱりジャドウさんですね」

「何がやっぱりなのですかな」

「一途だなって思いまして」


李は薄い瞼を伏せた。


「言葉の意味は測りかねるが、お前が忠義のことを言っているのならば吾輩はスター様一筋ですぞ。騎士は二君に仕えずですからな」

「ジャドウさん」


李は吾輩の名を呼び、今まで見たこともないほど真剣な色を宿した。

赤い瞳が真っすぐに吾輩を見据える。

そのただならぬ気迫にさすがの吾輩も僅かに怯む。


「これから何があってもスターさんを支えてくださいね」

「お前に言われるまでもない。吾輩の全てはスター様の為に」

「……よかった」


目の前の少女は目を半弧にして笑みを浮かべた。

その笑みには深い喜びと心からの安堵が混じっているように見えた。


ギャングどもの根城は北欧の山脈の頂上にあって、そこから世界各地に構成員を送り思いつく限りの犯罪を行っている。この世は正義ばかりではなく悪も必要で、どちらかに偏りすぎるとパワーバランスが崩れるのだが、悪が栄えすぎるとスター様が悲しみになられるのでたまには吾輩が出陣し粛清をしなければならぬ。奴らの本拠地近くの山で野宿を行って機会をうかがった吾輩と李は機が熟したと見るなり突撃した。

李は正面から吾輩は裏口からと担当をわけて襲撃を行った。どちらか一方向からでは逃げられる恐れがあるからだ。奴らは吾輩の姿を見つけるなり顔を青くした。

次の瞬間には機関銃の銃口が向けられることは反応から予測していたので、奴らよりも早く動く。

懐からタロットカードを取り出して、投擲。一枚のカードはギャングどもの首を切断し美しい半弧を描いて吾輩の掌に返ってくる。金属でも切断できるほどの切れ味にホーミング機能を追加させておいたのは正解だったと言えるだろう。

頭と胴体が切り離された哀れな死体を一瞥して吾輩が根城に入ると、ちょうど李が数人の相手と戦闘中だった。

我らスター流は戦闘の過程でどれほど敵の命を奪ってもいいと世界中で黙認されているのだが、李も敵に容赦のないタイプであった。手刀で首を切断し、拳で胴に風穴を開ける。ひとり、またひとりと単なる手技足技で葬っていくのだが、ギャング団とはいえ単なる人間であり人を超えた吾輩たちにとって虫けら同然なのは仕方のないことだった。

手ごたえのない相手とはいえ、任務は任務であるからひとり残らず葬り去る。

吾輩も李に対抗して腰の鞘から愛剣のジャドウ=サーベルを抜刀した。スター流は基本的に素手の戦闘を重んじるが、中には吾輩のように武器を使う者もいる。

機関銃を使っては裏口の門番たちのようになると学習したのだろう構成員たちは拳銃を構えて発砲。撃ち込まれる弾丸が吾輩にははっきりと目視することができた。奴らの腕前は鈍い。素人のようだ。弱者相手に下手な武器の扱いで威張ることしかできぬ下等な存在でしかない。吾輩は鍛えぬいた刀身で銃弾を全て受け止めて弾き返す。

弾を弾くのは中々の腕力を必要とするが、恐怖を与える効果は抜群だった。

ひと振り、ふた振り、三つ振り。

銃弾を弾きながら少しずつ接近していくと、やがてカチカチという音が聞こえた。


「哀れなものですなあ。弾切れというものは……」


奴らの顔が恐怖にひきつり、目の端に涙を浮かべている者もいる。


「虎の威を借る狐とはまさにこのこと。単独では何もできぬ癖に数が揃えば威張りだす。身の程も知らぬ愚かな奴ら……

劣勢に追い込まれれば情けなくも命乞いをする……

だが下等な貴様らに命を奪われた罪なき者を思うと吾輩は涙が出てくるのだよ。

彼らももっと生きて世の中に貢献したかっただろうに、貴様らの身勝手な欲望の犠牲になった。さぞや無念であろう。

彼らの悲しみや怒りを晴らすために吾輩はここにいる」


壁際に追い込まれた賊連中はガチガチと歯を晴らし今にも失神寸前だ。

実にいい顔をしている。

吾輩は調子に乗った連中が恐怖に青ざめる姿を見るのが大好きだ。


「悪をもって人を救いに導く吾輩に出会えて貴様は運がよかったですなあ」


その一言をもってひとりを袈裟斬りに、続くひとりを一刀両断に、さらに別の奴の首をはねて最後のひとりの喉、胸、腹を突いて絶命させてから刃を見る。

剣は見事な銀色の輝きを放っていた。血も一滴も付着していない。しかし、その代償として吾輩の純白の肋骨式軍服は返り血で真っ赤に染まってしまった。

けれど、これが快感なのだ。敵を葬った何よりの証になるのだから。

金属音を立てて剣を鞘に納めて戦局を確認すると、李の戦闘によりほとんど構成員は残っていないようだった。奴は敵のボスと戦闘を繰り広げている様子だ。

李はいつもの穏やかな表情とは異なる冷たい瞳で敵を見据えて掌を向けて炎を発射。

断末魔の叫びをあげてボスは火達磨と化して絶命してしまった。李は炎を操る能力者でその炎は並の相手ならば一撃で倒す威力を誇る。


「終わりましたな」

「いえ。まだ最後の仕事が残っています」


吾輩が小首を傾げると李は根城を出るように言って、吾輩たちが出たところで最大威力の火炎弾を発射し根城を跡形もなく焼き尽くしてしまった。

なるほど、組織が壊滅しても施設が残っていればそれをかぎつけた奴らが住処にする可能性があると考えたのだ。


「さすがは李だ。大したものですな」


吾輩は煽り抜きで称賛し彼女の柔らかな髪を撫でた。


「ありがとうございます」


礼を言う李の耳はほんの少しだけ赤くなっているようにも見えた。


任務が終了し本部に帰還した吾輩はスター様に大いに褒められ、これまでの功績として不死身を返していただいた。これで吾輩も無事に本来の力を発揮することが可能になったわけだが、今回はさすがに李のおかげと言わねばならぬであろう。


「李よ。何か願いがあれば言ってみるがいい。

吾輩が叶えられる範囲で叶えてみせますぞ」


李は形のいい唇に指を添えて思案して言った。


「ジャドウさんと一緒にお茶をしながらゆっくりお話をしてみたいです」

「そんなことでいいのか?」

「はい。ジャドウさんは僕に似てるって思いましたから少しでも仲良くなれたら嬉しいなって思えて……」

「よかろう。叶えてつかわす」


こうして吾輩と李は茶を飲みながら互いの身の上をゆっくりと語り合ったのだが、話せば話すほど、どうやら吾輩と彼女は似ていると思えた。

どこがと言われると返答に困るが、吾輩と彼女の間の秘密と答えるしかあるまい。

吾輩は女子が嫌いだ。その意見を変えるつもりはない。

ただし李だけは、少なくとも守る価値があるのではないかと思えてきたのだった。


おしまい。

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