サマードレス

西しまこ

7号のワンピース

 軽やかな白い布地に、水色と黄緑色の水玉が散ったワンピースがある。

 二十年前にジャストサイズで買った、七号のサマードレス。身体のラインがきれいに出て、でも下品にはならず、清らかで涼し気な雰囲気のするところが気に入っていて、特別なときはそれを着ていた。


 少し気になっている人と、食事に行くことになり、わたしは白い、水玉がきれいなサマードレスを着ていくことにした。

「僕には結婚願望があるんだ」

「そうなの」

 ワンピースの下の心臓の鼓動が期待で早くなるのが分かった。

「そうなんだ。でも、結婚するには、やはり年齢制限があるだろう?」

「……そう?」

 急にひやりとする。

「そうだよ。特に女性はね。妊娠出産が関わるからね」

「私はどう?」

 私はそのとき、三十一歳になっていた。でも、年齢より若く見られていたから、年齢を気にしたことはほとんどなかった。むしろ、自分は美しく、選ばれる側だと思っていたのだ。

「君はもうぎりぎりだよ。子どもを生むにしても、二十代後半まででないとね」

 彼はあっさりとそう言うと、グラスワインを飲んだ。金色がかった、白ワインが喉に吸い込まれて行くのを、私はじっと見ていた。

「そうね」

 そう返すと、わたしもワインを飲んだ。なぜだか苦く感じた。

「君はきれいだよ。すごくね。ただ僕は子どもが欲しいんだ。昔からね」

 彼は酔っていた。明らかに。今日の彼は飲み過ぎだった。でもだから、本音が漏れたに違いないと、私は思った。

「結婚して子どもが出来るといいわね」

 私は慈愛に満ちた笑いを彼に向けた。

 ――でも、もう二度と二人で会うことはない。


「お母さん、そのワンピース、どうしたの?」

「きれいでしょう? サイズが合わなくてもう着られないのだけど、気に入っていたから、捨てられなくて」

「お母さん、細かったんだねえ! このサイズ、あたしも入らないよ」

「優菜は背が高いからね」

「お母さん、ダイエットして、着れるようになったら?」

 しなやかな肢体の娘が言う。黒髪がさらさらと流れた。

 娘は中学生になったらぐんぐん背が伸びて、あっという間に私の背を追い抜いた。

 眩しい気持ちで娘を見る。

 私にも、こんな時期があったんだ。セーラー服を着ていた。先輩が好きだった。サックスを吹いている横顔を、いつもこっそり見ていた。学校内ですれ違った日は、ただそれだけで嬉しかった。

 年を取ったなあと思う。

 夢中で子育てをしている間にどんどん太って、白髪も皺も増えた。知らない間に。

「食事に行かないのか?」

 夫が言う。

「行く行く! ね、お母さん!」

「そうね、行こう」

 私は鞄を手にした。

 夫も同じように年を取った。白髪も皺も増えた。お腹も出ている。

 だけど、これでいい。

 私は夫と娘の後を追いかけ、玄関へ急ぐ。

 ワンピースをもう一度見ると、染みがあった。長い間しまっている間に、染みが浮き出てしまったのだろう。――もう捨てよう。

「お母さん、何食べたい?」

「そうねえ」

 娘が私の腕をとった。

 その体温が温かくて、ほっとした。




               了

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サマードレス 西しまこ @nishi-shima

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