第22話 思い繋ぐ紫水晶(終)

 やっほー、あたしの名前はルピ。神国ジュリの神都に住まう、今をときめく乙女だよ。

 髪の色は濃い桃色、目の色も同じ色。珍しい色合いだと言われるけれど、あたしの故郷では有り触れた色なんだよねぇ。好きな物は美味しいお菓子と綺麗なお洋服、あとは可愛い女の子。最近のお気に入りは、同じ下宿所に住む『ダイナ』という名前の女の子。大失恋を経て神都へやって来たらしく、いつもどこか自信なさげ。髪も伸ばしっぱなしで、服はいつも同じ地味なワンピース。素材は良いんだから、もっとお洒落をすればいいのにっていつも思っているんだ。


 さてそんなダイナにも、どうやら最近いい出会いがあったらしい。いい出会いと言うべきか、驚愕の出会いと言うべきか、あたしには判断しかねるけれど。

 

 前置きはこのくらいにして、とくと語らせてもらいましょうかねぇ。どん底の少女が掴み取った、この世に二つとない幸福な未来。

 この物語の幸せに満ちた結末を――


「はい、終わり。崩れたところは全部直したよ」


 そう言うと、ルピは山羊毛の化粧筆をテーブルに置いた。テーブルには化粧筆の他にもたくさんの化粧品が散らばっている。そしてテーブルの前には大きな姿見と、純白のウェディングドレスに身を包んだダイナの姿。


「ルピ、ありがとう」

「いいえ。それにしてもすごい数の来客だったね。早朝から今まで、よくぞここまでの謁見申し込みがあったもんだ」


 ルピが時計を見上げれば、現在時刻は13時を少し回ったところ。ダイナが身支度を終えた午前9時頃から現在に至るまで、200人ではきかない客人がこの控室を訪れている。客人の地位は他国からの来賓であったり、国内各都市の首長であったりと様々だ。


 そして今、ようやく来客の波は途絶えたところである。


「まだ挨拶が済んでいないお客様はいる? 同盟国の国王方は、もう全員お見えになったと思うんだけど」

「うーん、どうかな。ちょっと待ってね」


 ルピはズボンのポケットからメモ紙を取り出した。それは今日という記念すべき日に、ダイナとの謁見を望む人々の名簿でもある。ダイナの身支度役兼秘書に任命されたルピは、客人が訪れるたびにそのメモ紙とにらめっこをしていた。

 まだ未到着の客人はいるだろうかとメモ紙を捲っていたルピは、やがて声を上げた。


「ああ、ダイナのお父さんがまだ見えていないよ。どうしたんだろう」

「お父さんは、ここには来ないと思うよ。せっかく神都に来るんだから、神具店巡りをするんだって張り切っていたもの。私のウェディングドレス姿はパレード中に一目見れば十分だってさ。手紙にそう書いてあった」

「そうなの? ダイナのお父さんは奔放人だねぇ……」


 そう苦笑いを零しながらも、ルピは少し安堵した。もしこの場にダイナの父が現れたとなれば、ダイナが涙を流すことは避けられない。パレードの出発時刻までは残り30分を切っている。涙で崩れた化粧を全て直すとなれば相当の労力を必要とするだろう。


 ルピはもう一度メモ紙に視線を落とす。


「あとは……神都隊の関係者がまだ見えていないね。隊長と副隊長が来られる予定になっているんだけど」

「神都隊……」


 ダイナの肩が揺れ、耳朶にあるダイヤモンドの耳飾りもまた同じように揺れた。ささやかな動揺が伝わってくる。

 

 どうしたのだろうとルピが口を開きかけたとき、部屋の扉を開く音が聞こえた。間もなくして部屋に入って来た者は、揃いの鎧を身に着けた2人組だ。鎧の胸元に刻まれたサカキの花は、彼らが神都隊に属する者であるということを示している。

 2人はきびきびとした動作で頭を下げた。


「ダイナ王妃殿下。参上が遅れ申し訳ございません。大規模な人事異動あったものですから、隊員の統制に時間を取られてしまいました。しかし準備にこそ時間はかかりましたが、パレードの最中は我々が命を賭して国王殿下と王妃殿下の御身をお守りさせていただきますゆえ。どうぞご安心ください」


 ハツラツと告げる者は、金茶髪の青年だ。髪と同じ金茶色の双眸そうぼうは力強く、腰に差した長剣はよく使い込まれている。その青年こそが、栄えある神都隊隊長の任に着く人物だ。

 そしてその傍らに立つ灰色の髪の女性、彼女が神都隊の副隊長である。

 

 金茶髪の青年と、灰髪の女性。2人の人物を交互に眺めていたダイナは、やがて遠慮がちに口を開いた。


「大規模な人事異動と仰いましたが、ひょっとして副隊長がお代わりになりましたか?」

「ええ、その通りです」

「前副隊長殿はいかがされたのです。ひょっとして怪我による退役ですか?」

「いえ、そうではございません。副隊長としての素質に疑義が生じ、降任処分の上、地方へと更迭されております」

「更迭……ですか。何か問題を起こしたのでしょうか」

「問題を起こしたというよりは、日頃の勤務態度が不真面目であったと申しましょうか。前副隊長――クロシュラは数か月前に神具師の女性と結婚しました。それだけならばもちろん喜ばしいことなのですが、結婚相手が作った加護付きの神具で全身を固め、日頃の訓練を怠るようになったのです。副隊長たるものが訓練をさぼったとなっては他の隊員に示しがつきません。除隊の話も持ち上がりましたが、隊員時代は真面目な男でしたからね。改心の余地が十分にあるということで、地方左遷処分に落ち着いたのです」


 神都隊の隊長がはきはきと語る最中、ルピはダイナの表情をうかがい見た。なぜ左遷されたという前副隊長のことを気にかけるのだろう。疑問を感じながらも会話に口をはさむ勇気はなく、ルピの目の前でダイナと隊長の会話は続く。


「サフィー様は、クロシュラ様と離縁なさったのでしょうか?」

「サフィー? ……ああ、クロシュラの結婚相手ですか。いえ、離縁はしていないはずです。クロシュラとともに地方に移り住んだのではないでしょうか。というのもクロシュラの左遷先が、サフィー殿のご生家のある村であったはずです」

「そうなんですか……サフィー様は離縁を望まなかった? 優秀な神具師であれば、クロシュラ様がいなくとも神都で生きていくことはできたでしょう」


 隊長は答えを探すようにしばし沈黙した。


「……サフィー殿が離縁を望まれたかどうか、それは私どもの知るところではございません。しかし風の噂を聞くに、サフィー殿は神具師業界の問題児であったとか。神具師としての腕を笠に着て、何人もの神具師と肉体関係を持っていたと聞き及んでおります。神都は広い都市ですが神具師界隈は狭い。一度問題を起こしてしまえば神具師として生きていくことは困難です」

「そう……」


 ダイナの銀色の瞳がかげる。副隊長の女性が、やはりはきはきとした口調で隊長の言葉を引き継いだ。


「身の丈に合わない地位や名誉は人を狂わせます。あの2人はまさにそれだった。神都隊副隊長の地位も、有名神具師の肩書きも、神都の街も、彼らには分不相応だったのです。身の丈に合った地位と、慎ましやかながら食うに困らぬ生活。それだけの物があれば彼らとて常識的な心を取り戻すでしょう。ダイナ様が彼らの行く先に憂いを抱く必要はございませんよ」


 凛とした声が響くかたわら、ルピはまた時計を見上げた。現在時刻は13時15分を回っている。ダイナは13時20分には控室を出て、神殿前に停められた馬車へと乗り込まねばならない。

 屋根のないカブリオレの馬車に揺られ、国王アメシスと一緒に神都の街中を一周するのだ。沿道は王と王妃の姿を一目見ようとする人々でごった返し、今日という日をもってダイナは正式に神国ジュリの王妃として民に認められる。記念すべき一日だ。

 

 これ以上話し込んでいては乗り込み時刻に遅れてしまう。ルピの焦りが伝わったようで、隊長と副隊長はダイナに向けて深く一礼をした。


「予定以上に話が長引いてしまいました。私どもはこれにて失礼いたします。ダイナ王妃殿下、本日は誠におめでとうございます」


 2人の客人は颯爽と控室を出て行った。

 部屋の扉が完全に閉まったとき、ダイナは化粧品が散らばったテーブルの引き出しを開け、小さな箱を取り出した。


「ルピ、耳飾りを付け替えてもらえるかな」


 ダイナが差し出した小箱を、ルピは手を伸ばして受った。箱のふたを開けてみれば、中には紫水晶の耳飾りが入っていた。宝飾店特有の刻印が押されているから、そこそこ良い物であると想像はできる。しかし今ダイナが付けているダイヤモンドの耳飾りと比べれば、値段は雲泥の差だ。

 ルピは不安を感じて問いただした。


「……これに付け替えるの? 耳飾りだけちぐはぐになっちゃうよ。髪飾りも首飾りも指輪も、全部ダイヤモンドで揃えたんでしょう?」

「ちぐはぐになっちゃうから、今まではダイヤモンドの耳飾りを付けていたんだよ。他国のお客様と間近で顔を合わせるのに、ドレスに合わない耳飾りを付けているのはおかしいでしょう。でもこの先は、馬車に揺られて沿道の皆様に手を振るだけ。私の付けている耳飾りがダイヤモンドだろうが紫水晶だろうが、誰も気にしないと思わない?」

「そりゃまぁ……そうだろうけどさ」


 それに、とダイナは言った。


「アメシス様の隣に座るのなら、こっちの耳飾りを付けていないと」

「うん……そういうことなら良いんじゃないかな」


 ルピは微笑み、ダイナの耳朶からダイヤモンドの耳飾りを外した。代わりとなる紫水晶の耳飾りは、お世辞にもウェディングドレスに合っているとは言い難い。しかしその耳飾りを付けたダイナの表情は、先程までよりもずっと眩しくて魅力的だ。


 ダイヤモンドの髪飾りを散りばめた銀色の髪、長いまつ毛の内側にある銀色の瞳、ほんのりと色づく頬に薄桃色の唇。白い肌を包む純白のウェディングドレス。

 今この瞬間のダイナは、今までルピが見たどんな麗人よりも美しい。


 部屋の扉を叩く音がする。薄く開いた扉の向こうからアメシスの声がする。


「ダイナ、時間だ。準備はできているか?」

「ばっちりです」


 扉の向こう側にそう答えた後、ダイナはルピを見て微笑んだ。


「じゃあルピ、行ってくるよ」

「はいよ、行ってらっしゃい。ヤヤさんとベリルさんと一緒に、沿道から見ているからね」

「うん。今日は本当にありがとう」


 ダイナの背中は白木の扉へと消えて行く。

 耳朶に想い繋ぐ紫水晶アメシストを揺らして。


  fin.




 ◇◇◇

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『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします 三崎こはく @yukihuru

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