第7話 最強の男

「ガキンチョ、お前はまずこいつに魔力を纏わせる練習をしろ」


そう言いアルジャスが一振りの剣を無造作に放り投げた。鞘から剣を抜くと、その刀身が鈍く輝く。

柄は、多くの戦士たちの手に握られてきたことを物語るように摩耗していて、リエルの手にしっくりと馴染んだ。


「コイツは俺様の収集品の一つさ。武器の中でも一級品。使い古されてはいるが刃こぼれもねぇしまだまだ現役だ。壊したら承知しねぇからな」


「へーい」


リエルはやる気のない返事を返す。


「魔力はイメージが大事だからな。俺様も昔は苦労したがじいちゃんが……」


「うるさいー!いま集中してるの!! 」


追憶に耽ろうとするアルジャスの語りを容赦なく遮るリエル。彼女が握る剣の刀身には、ほのかに光る魔力が、まるで炎のようにゆらゆらと纏い付き始めていた。


そのオーラを見たアルジャスの目が見開かれる。


「なんてこった! 粗削りだがもう魔力を纏わせていやがる」


そして口元を歪ませながら言う。


「ガキンチョ、そのまま俺様に斬りかかってみろ。心配すんな、俺様は最強だぜ?お前に倒される訳がねぇっての」


そう言われ、リエルは剣を握りしめてアルジャスの胸元目掛けて斬りかかる。

目の前に閃光が走ったかと思うと、目にも止まらぬ速さで剣を弾かれ、その重さにリエルの全身がビリビリと痺れる。


右に、左に、背後から、正面から、縦横無尽に何度も打ち込むが、その度に閃光が走り、切先すら届かない。

刃が交差する度に火花が飛び散り、キン、キンと高く澄んだ金属音が森にこだまする。


剣はこんなに重かっただろうか。腕に伝わる鈍い痛みとともに、握力が徐々に抜けていく。


息が上がって、弾き返される度に踏ん張りが効かなくなった。


リエルがへとへとになり、視界が揺らぎ出した頃、アルジャスは不意に反撃の手を止めた。


「よし、取り敢えずこのくらいにしようぜ。剣の筋は良い。記憶はトんでも体が覚えてたって所だな。毎日鍛えてりゃ相当伸びるだろうよ」


お褒め言葉を頂いたリエルはというと、息が上がってゼェゼェ言っている。


「リエル、大丈夫アルか?ボッコボコにされてたネ」


「アルジャス強すぎるよ……ハァ、ハァ、こんなの勝てる訳ないじゃん……」


「まぁそう悲観すんな。勝とうとする意思は大事だぜ?それに俺様だって最初から強かった訳じゃない。じいちゃんやライバル、周りの奴等に支えられて強くなれたんだ」


「ライバル? アルジャスと同じくらい強い人が居るってこと? 」


リエルは戦慄した。この世界は強者で溢れかえっているのだろうか。


「いーや?そいつの方が俺様よりずっと強かった。俺様が勝手にライバル視してたのさ。毎日のようにそいつに決闘を申し込んでは、あっけなく負けていた。

だがそいつは嫌な顔ひとつせずに応じてくれたし、決闘後にはアドバイスまでしてくるんだ。嫌味な奴だと思っていた頃もあったが、そのアドバイスがあまりに的確でな。そいつは本当にすげぇ奴なんだぜ」


アルジャスは嬉しそうに話す。『そいつ』はアルジャスにとって大切な存在なのだろう。


「ねぇ、もうちょっと強くなったら私もその人にアドバイス貰いたい!」


リエルが無邪気にそう言うと、 彼の柔らかい表情は一瞬にして強張り、苦虫を噛み潰したような顔になった。


しばらく沈黙した後、彼は深く息を吐いて、静かに告げた。


「……お前らがあいつに会うことは、ない。だからあいつにアドバイスを貰おうなんて事は考えるな」


そう言うアルジャスの瞳の奥にはどす黒い怒りの炎が燃え上がっているように見えた。

なにか触れてはいけないものを感じ、リエルとシャオは口を噤んだ。



沈黙を保ったまま歩き続けること10分。アルジャスがその沈黙を破る。


「もうすぐ月光草の群生地に着くぞ」


彼らの目的地はもう目前のようだ。

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盤上の冒険者 〜記憶を無くしましたがチート級の魔力があるらしいので新たな伝説を始めようと思います〜 李蝶こはく @kohaku_rityou

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