Episode.6 クラフト部隊
「では、我々の組織を紹介します」
リーダーは右手で人差し指を上げ『1』を示す。
「まず第一部隊。と言っても僕だけなんだけど。僕が総括者、リーダーです。クラフト内のことは全て僕が把握しているから、何か不安なことがあったら何でも相談してきてください。では次は第二部隊。ちょうどいいところにタンバがいるから紹介してもらおうかな」
「はい」
ずっと黙ったまま入り口付近に立っていたタンバは小さい返事をすると、怜也の前へと歩み出た。彼は表情を変えることなく、淡々と説明を始めた。
「私が管轄しているのは第二部隊、保証組織です。多くは『パラドックス』との戦闘により破壊された建物の修復がメインですが、一般人を巻き込んでしまった場合は救済料としてお金をいただいています。クラフト継続のためにもある程度の資金は必要ですからね。ちなみに我々第二部隊に属するものは、クラフト内にある住居へ移住していただき、そこで生活をしていただきます。一度我らの街『ツェッペリン』にお越しください。きっと気に入るはずですよ」
怜也は部隊の説明以上に後半の内容が気になってしまい、思わず聞き返してしまった。
「生活……? ここに住んでるってことですか?」
「その通りです。君はまだ学生でしたね。学校なども街の中にあるので、基本的に任務以外で外に出ることはありません。一生涯そこで生活し死を迎えます。そう言うと聞こえは悪いかもしれませんが、地上で生きていくことが不便な人間にとっては楽園ですよ」
「地上……?」
またしても不可解なワードを口ずさむ怜也。タンバは思い出したかのように謝罪を入れると、ずれた眼鏡を押し上げた。
「失礼、説明し忘れていましたね。クラフト本部は普段生活している地上から奥深くに存在しているのです。場所までは詳しく説明は出来ませんが、この本部内に入るためには、これから説明される第三部隊が許可した上でワープすることになるので何ら問題はありません」
「はあ……」
怜也は異次元過ぎる展開に頭が追い付いていけず、タイミング良くもそこで押し黙ってしまった。
「ありがとう、タンバ。じゃあ続きは僕から」
リーダーは次に右手の親指、人差し指、中指を立てて『3』を示す。
「第三部隊、管理組織。その名の通り、クラフト内部のことを全て管理しているのが彼らになる。外から中、中から外への移動手段としても必要不可欠な組織だよ。『パラドックス』の出現時に居場所を提供したり、余計な一般人が巻き込まれないよう一時的に一定区間見えない壁を下ろすことも出来る。所謂結界ってやつだね」
怜也は先ほどワープした先で見た、機械だらけの部屋を思い出した。
「さっき着いたときに見た部屋がそうですか?」
「うん、そう。クラフト内部に入ると必ずあの場所へワープすることになってるんだ」
「あの……。小さい子が二人いたんですけど」
「あ、もう会った? あの二人はね、第三部隊を任された幹部なんだよ」
リーダーは笑顔を絶やすことなく答えた。先ほどの『イッチ』『ニィニ』と呼ばれていた幼い二人は、まさかの管理組織の幹部だったのだ。
怜也は何度も瞬きを繰り返し驚きの表情を見せていたが、リーダーはそのことをさらっと受け流し話を続けた。
「では。次が第四部隊、治療組織。彼らは怪我人を治療することを目的として任務に参加する。クラフトメンバーが負傷した際に治療することはもちろんのこと、巻き込まれた一般人に対しても治療を施す」
なんとか覚えようと怜也は最近使われていなかった脳みそをフル回転させるが、この調子がしばらく続くのであれば最初の方を忘れてしまいそうだった。恐る恐る話の腰を折る。
「あの、一体いくつ部隊があるんですか?」
「次で最後だよ」
その時部屋の扉がけたたましく叩かれた。扉の向こうからは先ほど聞いたばかりの子どもの声が響いて来る。
「リーダー! 解析出来たよ!」
「どうぞ」
扉が開くと、そこにはイッチとニィニが立っていた。その姿は出会った当初のものではなく、顔の落書きはすっかりと消え去っていた。二人は一斉に部屋の中に駆け込んでくると、リーダーの真正面に立ち一枚の紙きれを渡す。
「これ、報告書!」
「報告書!」
「ありがとう」
ペラペラの紙きれを受け取りしばらくそれを眺めた後、その視線は怜也に向けられた。
「……?」
リーダーに続きイッチとニィニもこちらを振り向く。現状が理解できず戸惑っていると、リーダーは報告書の内容を開示した。
「君、ワープ中に能力を使ったんだね」
「え! ぼ、僕のせい……っ!」
怜也は体を二つ折りにするが如く、深く頭を垂れた。
「す、すみません! 僕能力の使い方とか分からなくて、もし何かしてたとしたら無意識で! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「大丈夫。責めている訳じゃないよ。おそらく過去のフラッシュバックで咄嗟に出たことだろう。0.82秒時間が止まったことで、システムが一時停止してエラーコードが出たんだね。ここの出入りにはワープが不可欠になる。ワープ中に能力が発動しないよう、訓練する必要がありそうだ」
「は、はい……」
報告書は机の上に投げられ、リーダーの足は既に扉の方へと向かっている。
「最後の部隊だけど、会ってもらった方が早いかな」
「わざわざ出向かれるので?」
タンバが多少怪訝そうな顔をして問いかける。リーダーの返答は軽く、その足取りも軽い。
「うん。ちょっと確認しないといけないこともあるしね」
怜也の目の前を通り過ぎる際、リーダーはちらりと怜也へ目配せをした。彼はそれに気が付つくと、慌ててリーダーの後ろを追いかける。
「ばいばい! お兄ちゃん!」
「ばいばい! リーダー!」
タンバは小さく頭を下げ、イッチとニィニは両手を大きく振りながらその背中を見送っていた。
◆
怜也は黙って前を歩く大きな背中を追いかけていた。彼は細く美しい手を後ろに組み、背筋を伸ばして前へと進んでいる。何の迷いなど持ち合わせないような堂々とした様に、十五歳の少年は既に虜になっていた。
「今から行くところは、第五部隊・戦闘組織。任務時に『パラドックス』と接触し戦う部隊だよ。危険な場所にも行く必要があるし、怪我も日常茶飯事。だが彼らの犠牲があってこそ、我々は組織を継続出来ていると言っても過言ではない。なんて言うとタンバが怒るんだけどね。もちろん、彼らは目に見えて傷を作ってくるから特別頑張っているようにみえるけど、どの組織も必要な役割を担っている。誰一人として、欠けて良い人材はいないんだよ」
リーダーの話を聞きながら、怜也は気づかれない様に小さく笑った。例えごくわずかでしか時間を止められないような頼りない能力の自分であっても、この地では必要とされているのだと思ったからだ。
「ここが彼らの部屋なんだけど」
リーダーは扉の前で足を止めた。扉に手をかざすことも、声をかけることもない。怜也はどうしたんだろうかと、不思議そうに彼の背中から顔をのぞかせた。周囲の様子を確認するが、依然として殺風景な壁に覆われ特段変わったところはない。部屋の中を伺うように耳を澄ますと――。
ドカン!
鼓膜が破れるほどの大爆音が扉に衝撃を与え、怜也は思わずその場にしりもちをついた。
「な、なに……⁉︎」
「お取込み中のようですね」
リーダーは既に事のすべてを察知していたかのように、爽やかな感想を述べた。あの衝撃音の中でも指一本動かさず、扉から漏れ出す風圧に綺麗な黒髪が揺れているだけだ。
すると先ほどまで静かだった扉の向こうから、突然の怒鳴り声が漏れ出す。ひとつは低く大人びた男性の声、もうひとつはまだ若そうな高い声だった。
「これは俺のだっつってんだろうが!」
「じゃあ僕のはどこにあるんだよ」
「知らねえよ! バケモンと戦って頭から吹っ飛ばされてたから、記憶飛んでんじゃねえの?」
「そんなわけない。任務に出る前はここにあった」
「てめーの記憶なんて信用できないね! この前だってパスワード間違えて教えやがったじゃねえか!」
「覚える努力をしてやった僕を誉めて欲しいくらいだね」
「んだと⁉︎ そのせいで俺はまたゼロからやり直したんだよ!」
「お前がメモって覚えてれば問題ないだろ」
「てめーが俺のメモなの!」
「不確かなメモを残す方が悪いんだよ」
「んだとこら!」
再び何かがぶつかり割れるような音が響き渡ると、今度は建物内が少し揺れた気がした。
「……け、喧嘩?」
「賑やかですね」
リーダーは部屋の中でどんな乱闘が行われているかなどさほど興味がないのか、怒鳴り声が一度止んだあたりで扉をノックした。
「終わりましたか?」
「リーダー!」
一声かけると、明らかに浮ついた声が扉へと近づいて来る。今まで手をかざすと自動的に横へとスライドしていた扉は、無理やりこじ開けなければならない程に変形していた。金属同士が擦り切れるような音を鳴らしながら扉は開き、隙間から一人の少女が顔をのぞかせる。
「リーダー! ようこそ我が部隊へ!」
「扉、壊れちゃったね」
リーダーが高らかに笑いながら言うと、少女は部屋の中を指さした。
「あいつが」
少女が指す先にいたのは、白い袋を抱きかかえた銀髪の男。明らかにばつの悪そうな顔をしてこちらを見ている。
「やべえ……」
彼はリーダーの顔を見ると、口の端を無理やり釣り上げた。
「ご、ごきげんうるわしゅう……。リーダー……」
「元気そうで何よりだよ、ダンテ。随分と派手にやったね」
「いや、こいつが……!」
慌てて銀髪は少女を指を差し返した。少女は不屈そうに腕を組む。
「なんで僕なんだよ。扉壊したのはお前だろ」
「お前が喧嘩売ってくるからだろうが」
「どっちが!」
またしても二人の言い合いが始まったかと思うと、パンパン、と何者かが手を叩いた。リーダーだ。すると少女はすぐにリーダーの方へと向き直り、銀髪も(軽い舌打ちをしながら)おとなしくその口を塞いだ。
「喧嘩は結構だけど、あまり部屋のものを壊さないように」
「すんません」
リーダーはそのまま部屋の中に足を踏み入れる。怜也も恐る恐る後に続いた。扉の横を見ると、そこには大きなソファが転がっている。一人では持ち上げられそうにもない巨体。一体どうやって扉へと投げつけたのだろうか。
銀髪は持っていた紙袋を、ひっくり返った机の上へと落とした。
「それみたことか」
少女は呆れたように言いながら、その紙袋を拾い上げる。高校生くらいに見える黒髪の少女は紙袋の中からふっくらとしたどら焼きを一つ取り出した。怜也は慌てて顔を逸らす。
少女は勢いよくどら焼きに噛みつき、小さな口を餡子で一杯にした。身体に糖分を提供しながら、その目は銀髪を睨み上げている。
「食べた記憶がなくなってたのはお前の方だったな」
「なくなってねえよ」
「じゃあただの泥棒じゃないか」
「俺に食っていいって渡されたんだから俺のだろうが」
「二つあるんだから一つずつだろ」
話を聞くに、どうやらどら焼きの取り合いで喧嘩をしていたようだ。それでここまでの器物破損に繋がるのか。それがここ、第五部隊・戦闘組織――。
「さ、皆集合。新人を紹介するよ!」
次の更新予定
MANJU!~ひょっとこ饅頭空想譚~ 高冨さご @takatomisago
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