実態を持つあなたへ

市根井

第1話 実態を持たない私

 我々は少なくとも、実態を持たない。


 国境や世代を超えて、さまざまな呼ばれ方をしている。

 例えば、昔は妖怪や魔女と呼ばれたこともあったらしいし、幽霊、悪魔、天使、宇宙人と呼ばれたことだってある。


 要はなんだって、「説明はつかないが、なんかこの世に存在しそう」なものの正体が我々なのである。


 なんと呼んでもらっても構わない。なぜか?気になったことが無いから気にしてない。ザッツ・オールなのである。


 私たちには、人間同様、「仕事」というものが存在する。


 まず、配属前研修で日常生活に支障がない程度の会話能力を身に着ける。

 私は日本部に配属されたので、日本語を習った。基本的な意思疎通は可能だ。広辞苑だって持っている。


 卒業試験のリスニング・スピーキング・ライティング能力を試す試験でも日本部の同期1万人の中で上位100人に食い込んだ。自信はある。


 そしてこの後、一斉に人間社会に潜入する。

 人間の日常を調査し、感想を上司に報告する。極めてシンプルだ。シンプル・イズ・ベスト。

 この一連の仕事がどんな結果に結びついているかなんて知らない。なぜなら、気になったことがないからだ。


 ちなみに我々は基本的に食欲や睡眠を必要としていない。これは人間社会に潜入した後も同様だ。


 しかし、以前講師が気になることを言っていた。「コーヒーはマジでうまい。あれはヤバい。」と。


 初めて聞いたときは、「マジで」と「ヤバい」という言葉が広辞苑に無かったので、理解できなかった。


 聞くと、「強調したい時によく使われるが、それ以外でも使われる場合もある」というなんとも頼りない言葉が返ってきた。


 「それは、マジで、ヤバいです」と講師に返すと「ああ、そんな感じの使い方だ。さすがだな。」と言われた。そう。私は日本部のエリートなのである。


 あと、「手続きはマジで難しい。最悪。」とも教わった。


 「手続き」というものを実際にしたことが無いが、確かに字面からして最悪だ。手を続ける。やってもやっても終わらない、というようなイメージを想起させる。


 そうなったら最悪だ。「コーヒー」を飲む時間が無くなってしまう。「マジで最悪だ!」と同期で言い合った。「マジで」の応用活用である。実践を重ねることで言語は上達する。


 ちなみに人間は魔女や悪魔を恐れるのに、「手続き」は平気な顔をしてやるらしい。


 「でも手続きに困ったら人間に頼むとマジで大丈夫。」とも言われた。

 同期は全員揃って「マジで!」と叫び、安堵した。なんと力強いことか。「手続き」をなるべく避けて、「コーヒー」を沢山飲んで、「調査」をする。


 マジで完璧だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 木曜日 12:00 予定は変更される可能性があります

実態を持つあなたへ 市根井 @nakany0213

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ