戦士と魔族

やちまた

戦士と魔族

 その魔族を捕らえたのは、依頼を終えてギルドに帰還しようとしていたときだった。

 まだ年端もいかぬ少女のいでたちで、みずぼらしい簡素なボロ切れの服に身を包んでいる。

 赤い瞳と鋭い牙、病的に白い肌から見るにおそらく吸血鬼の類であろう。

 私は殺そうと思った。

 魔族とは、歴史上もっとも憎悪された魔王の臣下。

 いくらとっくの昔に魔王が勇者に滅ぼされたとはいえ、人と魔族とのあいだには深き因縁の溝が刻まれている。

 しかしそれでは生ぬるいと思った。

 この世界には魔物や魔族によって失われた命が数えきれないほど存在する。

 私はそれが許せない。

 子供だからなんだ。

 魔族である以上、人間の敵であることには変わりない。

 だから、ひとつ面白いことを思いついた。


「私に料理を振る舞ってみろ。満足させることができれば命だけは助けてやる。」


 そういうと魔族の少女は必死にうなづいて、目の端に涙を溜めながら頭を地面に擦り付けた。

 お察しの通り、この娘を見逃してやるつもりなんてさらさらない。

 魔族は殺す。

 これが人類のための最善であることは疑う余地もない。

 そういうことでいま、私は無意味にも生きようと必死に足掻く姿を肴に、魔族の娘が作ろうとする料理が完成するのを見守っていた。


「あ……あう……」


「ん? ……ああ、料理器具ならこの大鍋だけだぞ。あとは自分でどうにかしろ。」


 魔族の娘はどうやら言葉がわからないらしかった。

 人間の言語を解さない、というのなら無理もないが、どうやら魔族の言葉すらままならないらしい。

 どもった、動物の鳴き声のような、無秩序の発声を繰り返すだけだ。


「……」


 娘はまず、そこらに生えている木の枝葉をちぎり、薪を回収した。

 あまり慣れている様子ではなく、細く白い手をイバラで傷つけながら、メキメキと手折っていく。


「ふん、ずいぶんと弱々しいものだな。」


 言葉が通じないのをいいことに、私ははっきりと嘲ってみせる。

 魔族はまるで人を殺すために作られたかのような種族だ。

 その誕生は魔王に由来するため、あるいは本当にそのために作られていたのかもしれない。

 魔族は人を殺すためにあらゆる趣向を凝らし、力を磨く者や、心を欺く者など、多様な進化も見せた。

 萌木のように細いあの腕も、成長すればいつか人の血に染まる。

 それがなんとも不愉快だった。


「……」


 一通りの薪が集まると、魔族の娘は手頃な石を積んで土台を作り、手元に火の魔法を起こして薪に点火した。

 こういうときにも魔法というのは便利なものだ。

 魔法の素養とは本来、精霊の力を行使する力であると考えられており、それは精霊に好かれた人物であればあるほど多大な操作が可能であるとされている。

 しかし魔族は精霊との関係に関わらず、すべての者が無条件に魔法を使うことができる。

 この謎は長きに渡って未解決な問題でもあり、またやはり魔族が異質であることを示す特徴だった。


「……」


「おい、なにしてる?」


 魔族の娘は水魔法で大鍋に水を注いだあと、あらかじめ選り分けていたらしい木の枝を次々に投入していた。

 冗談じゃない。

 まさかこいつは私に、この枝を食えとでも言っているのか?


「バカにするのもたいがいにしろよ。私はいつでもお前を殺せるんだ。」


「……?」


 私の怒りに気がついて怯えた表情を浮かべる魔族の娘だったが、どうして私が怒っているのかは本気でわからないようだった。

 私はそのことを不審に思いつつ、少しのあいだだけ思案した。

 そういえば小さいころ、貧しい村で飢えに喘いでいた私は、おなじく死にかけの爺さんからとあることを聞いたことがあった。

 曰く、木の枝も柔らかくなるまで煮れば食うことができると。

 私はまだ子供で、わずかではあるが周りの大人から食糧を分けてもらっていたからとうとうそれを実践することはなかったが、それを教えてくれた爺さんはそれからほどなくして亡くなったと聞いた。

 栄養失調だったようだ。


「……胸糞悪いことを思い出してしまった。」


 そんな貧しい村だ。

 領主からもとっくに見放されていたのか、魔物の襲撃の際にもロクに助けなんか来なかった。

 私の知り合いはあのときみんな死んだし、私はそのとき一生を懸けて魔物たちを根絶すると誓った。

 魔族も魔物も大して変わらない。

 目の前のこの娘は紛れも無い私の仇なのだ。


「……!」


「なっ、なにを……」


 魔族の娘は急に地面を掘り出したかと思うと、土のなかから一匹のミミズを引き摺り出した。

 それからポイと大鍋に入れ、そこらへんの草も手当たり次第に放り込んでいく。

 悪意なんてない。

 その姿は私が、私自身が一番よく知っていた。

 死んだ弟は、小さなジャガイモをこんなふうに、極上の素材と勘違いして、それを鍋のなかに入れていた。


「お前にとって、これがご馳走なのか……」


 土が底に溜まり、青い草が浮き、一本のミミズが踊っている。

 悲惨さという味が染み出した、飢えという名の料理だった。


「……!」


 魔族の少女は、これで完成と言わんばかりにこちらを見た。

 子供のごっこ遊びでさえもっと美味そうに作れるだろうそれを、私は見下ろした。


「こんなもの、食えるわけないだろ。」


 勢いよく蹴り飛ばされた大鍋はごろんとひっくり返り、なかの具材をこぼして転がった。

 魔族の少女は呆然とそれを眺めて固まっている。

 私は気がつくと、少女の背中に腕を回していた。


「魔族を許そうとは思っていない。だが、いまは気が変わった。幸せを奪えなければ復讐にすらならない。街に戻ったら飯を食わせてやる。殺すのはそれからだ。」


 あまりにも忍びなかった。

 それは魔族の少女に対するそれなのか、はたまた死んだ弟の影を少女に見たのか。

 どちらにせよ、こんなに無垢な笑顔でまずい料理を作れる子供を、私は見ていられなかった。


 それから私は魔族の少女の体を近くの水辺で洗ってやった。

 ちょうどいい飯がなかったから干し肉をやったら、バクバクくらいついていた。

 食べ切ったあとには物欲しそうにこちらを見つめてくるものだから、「もうないぞ」と少し笑ってしまった。

 

「誰かと寝るのは久しぶりだな。」


 焚き火を囲みながら、私はこちらを見つめる少女に言った。

 少女はただじっとこちらを見つめている。

 揺れる焚き火の光には目もくれず、私を見つめていた。


「もし、弟が生きていたら。おまえのことも許せたのかもしれない。……ああ、憎んでいるあいだは弟のことを忘れられるが、とても苦しい。」


 瞼が重くなる。

 言葉もたどたどしくなって、深い睡眠へと落ちていくのがわかった。

 ずっと自分を縛り付けていた憎しみが、許してはならないと張り詰めていた気持ちが、どこか軽く、ぬくもった気がした。


「おやすみ……また明日……」


 私が目を閉じるその寸前まで、少女はずっとこちらを見つめていた。

 まるでなにかを待ち侘びているかのように。

 ふと湿った風が焚き火を吹き消して、あたりが暗くなる。

 暗闇のなか、二つの赤い月のような瞳だけが見えて、私は眠った。

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戦士と魔族 やちまた @Nanapopo-nahito

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