センニチコウ 〜永遠を繋ぐ者たち〜

Chocola

第1話

センニチコウの花が、虚空に揺れていた。


 永遠の命の象徴とされるその花は、かつて世界を創った吸血鬼、ショコラの記憶に残る最後の景色だった。


 赤でもなく、紫でもない。不思議な彩を帯びたその花は、彼女が肉体を捨て、二十六の空間世界と融合した瞬間に咲いたのだ。


 「リアナ……あなたのことを……私は……」


 風のない世界で、名もない声が響く。


 世界と共鳴する代償として、ショコラは“母であった記憶”を失った。


 ――リアナ。私の娘。


 それは、確かにいたはずの存在。


 しかし今、彼女の中に残るのはただ、どこか懐かしく、胸の奥を締めつけるような想いだけだった。


 だが、奇跡は起きた。


 「……〈時渡〉(ときわた)りの〈吸血鬼〉(ヴァンパイア)が、目覚めたんだね」


 ショコラの声が、時空の膜を震わせる。


 少女の名は〈ココ〉。


 “時渡りの吸血鬼”――百年に一度、特別な力を宿して生まれるとされる存在。


 けれど、過去六人の“時渡り候補”は、その力を完全に扱えなかった。

 世界を繋ぐには足りなかったのだ。


 〈ココ〉は七人目。


 だが、ココは最初からその役目を望んでいたわけではなかった。


 「選ばれただけ。誰かがやらなきゃいけないなら、私がやるしかない」


 それは、運命というより“割り当てられた義務”だった。


 けれど、〈十二支の幻獣〉たちと出会い、共に過ごす中で、ココの心は少しずつ変わっていった。


 ねずみ(霧)、うし(守護神)、とら(雷)、うさぎ(治療)、

 たつ(風)、ヘビ(水)、うま(植物)、ひつじ(空間を歪ませる)、

 さる(格闘)、とり(炎)、いぬ(知性)、いのしし(破壊)――


 それぞれの属性を持つ幻獣たちは、自分の使命に誇りを持ち、命をかけて世界を守っていた。

 彼らの言葉、行動、そして“信頼”が、ココの中の何かを揺さぶっていく。


 「あなたは、本当にその力を知っているのか?」


 その問いに、最初は答えられなかった。


 だが、幻獣たちに「時渡りの吸血鬼」として認められたとき――


 ココは、はじめて知った。


 なぜ、“時渡りの吸血鬼”が必要なのかを。


 それは、過去や未来を旅するためだけの力ではなかった。

 〈壊れゆく世界を繋ぎ直す記憶〉と〈永遠を超える想い〉を引き継ぐ者。


 「……なら、私がなる。今度こそ、私の意志で」


 その言葉が、失われていた記憶を呼び起こす。


 ――リアナ。リーシャ。そして、ココ。


 吸血鬼の娘たち。永遠を生きる者の、忘れられていた家族。



 ココが最初に出会ったのは、世界を監視していたひとりの少女――リアナだった。


 「あなたが……“始まりの吸血鬼”の娘?」


 「うん、でも……お母さんは、私のこと……忘れてたみたい」


 それは悲しいことではあったけれど、恨んではいない。


 母は、自分のすべてを捧げて世界を創ったのだ。

 記憶すらも代償にして。


 「でも、ちゃんと思い出してくれた」


 リアナが、小さく微笑んだ。


 「ココが覚醒してくれたから、私も……妹の〈リーシャ〉のこと、思い出したの」


 リアナとリーシャは双子だった。

 そして、今は三人。ココ、リアナ、リーシャの三人で二十六の空間世界を分担し、管理している。


 中でも〈センニチコウ〉と〈トケイソウ〉の空間は、時渡りの吸血鬼の修行の場として特別に扱われていた。


 修行は三百六十五年――うるう年の周期で三百六十六年に及ぶ。


 その間に、未来・過去・空間を渡る力を制御し、幻獣たちと心を通わせる。



 ある日、ショコラがリアナの前に姿を現した。


 それは、実体を持たぬ光のような存在だった。


 「リアナ……」


 「お母さん……」


 はじめて、その声が“母”として聞こえた。


 ショコラは微笑んで、優しく語りかける。


 「リアナ。あんたはこれから、自分の守りたいと思ったものを、精一杯に守りなさい」


 「守りたいもの……?」


 「そう。一緒に泣いてくれる人。一緒に笑ってくれる人。一緒に戦ってくれる人。

 あんたのために、一生懸命になってくれる人がいたら――それが、あんたの守るべき、大切なものよ」


 リアナは、少しの沈黙のあと、小さくうなずいた。


 「……わかった。私、守りたい。家族も、世界も、空間も。全部」


 「うん♪」


 ショコラの声は、やさしい風のように、リアナの肩を包んだ。


 「力が足りないなら、その分強くなればいい。

 そうすればきっと、“生きてて楽しい”って、思うようになる。

 誰かのために、何かをしてあげたいって、心から思えるようになるから――」



 〈センニチコウ〉の空間に、風が吹いた。


 ココ、リアナ、リーシャの三人が、それぞれの世界を守りながら肩を並べて立っている。


 「私は、時渡りの吸血鬼として……」


 「私は、創られた空間の守護者として……」


 「私は、忘れられた家族を取り戻す者として……」


 三人は手を取り合う。


 世界のどこかで、誰かが誰かを想い、誰かが誰かを守っている。

 その想いこそが、永遠の命――センニチコウの力なのだ。


 ショコラの声が、再び聞こえた気がした。


 ――あなたたちに、永遠を託すわ。


 センニチコウの花が、静かに咲き続けていた。

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