第13話

あ、そーいえば。


「私、まだあんたの名前聞いてなかったわね。なんて呼べば良いのかしら」


いけないいけない。私としたことが、名前も知らない奴を雇おうとしてしまうなんて。


「今更だな」

「う、うるさいわね。別にいいのよ、名無しさんって呼んであげても」


あぁ嫌だ嫌だ。

どうして私は、こうもこいつにペースを崩されてしまうのかしら。


千裕チヒロ、御影千裕だ。まぁ、あんたには特別に“私の愛しい千裕様”って呼ばせてやってもいいぞ」

「わかったわ、御影」

「え、あえての名字?」

「あら。私に文句でもあるの、御影」

「ありませーん」


本当こいつは何なのかしら。


棒読みでそう答えながら、ケラケラと笑うなんて嫌な奴。


「で、俺は」

「へ?」

「俺はあんたをなんて呼べばいいんだ」


未だケラケラと笑い続けている奴に、そんなことを尋ねられても。


「……」


教える気なんて出ないわよ。


「へぇ。教えてくれないなら“名無しさん”で決定していいか」

「良いわけないでしょ、馬っ鹿じゃないの」


どうして私の真似をするのよ。


「なら、なんて呼べばいいんだ。あんたの名前、俺に教えてくれよ」


あぁ、嫌だ。

結局私はこいつのペースに乗せられてしまうみたいだわ。


「伊織よ、伊織。神枝伊織」

「伊織……か。良い名前だな」

「変な事を耳元で囁かないでくれるかしら」

「え、俺今褒めたよな」


まぁ良いわ。それならそれで、全力を掛けてこいつのペースを崩せばいいだけの話だから。


「なぁ伊織」

「な、何よ」


ななな、なんてことかしら。ふいに優しく名前を呼ばれたからといって、こんな奴相手にどもってしまうなんて。


私としたことが。


こいつのペースを崩すどころか、私のペースがさらに狂わされるなんてダメじゃないの。


「伊織、伊織……伊織」


私をこんなにも悩ませておきながら、馬鹿の一つ覚えのように私の名前を繰り返し呼ぶなんてこいつ本当に嫌だわ。


「だから何よ」

「呼んでみただけ」


にっこりと笑いながらそんなことを吐くこのふざけきった奴のペースを崩してやるには、一体どうすればいいのかしら。


「フハッ!」

「ちょっと、どうしてまた笑うのよ」


あぁ、なんで結局私がこいつに笑われるのよ。


「いやいや、だってなぁ。伊織の困惑した姿、面白すぎんだろ」

「最悪」


ケラケラと笑うこいつにそんなことを言われるなんて本当最悪。


「そういうところが好きなんだよな」

「はぁ?」


人の困惑した姿が好きとか、こいつやっぱり変態だ。

変態ナルシストだ。


「俺はもう、伊織から絶対に離れないから。だから伊織、俺のことを信用しろよ」


こいつは一体なんなのかしら。


いきなりふざけ出したかと思えば、今度は突然熱く語り出す。


わからない。

わけがわからない、けれど。

まぁ良いわ。


「あんたを信用するかしないか、まだ今は決める時じゃないわ」


だってまだまだ時間はたっぷりある。


このヘンテコりんで憎らしい変態ナルシストのことは、これから知っていけばいいんだ。

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激甘溺愛執事さまっ! 檸檬 @lemon_2525

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