第20話 始まりの 鐘は鳴らずに 揺れるだけ
「うわぁ……結構広いんだね〜……」
短歌同好会室に入った名花が目を輝かせた。
「畳だぁ……!」
会室は七畳ほどの広さで、殺風景な和室だった。
氷乃が三角巾をつけて、はたきをぱたぱたと振っていた。
ほこりが舞っている。
「お、めーちゃん。ここが我々の城ですぞ〜」
彼女は恭しく左手を広げる。
「うむうむっ! 素晴らしいですなぁ!」
勢いよく首を縦に振る名花。
「お、悪くないな」
ブレザーのポケットに手を突っ込んだ多々子が現れた。
彼女は部屋の入り口、開いたドアに寄りかかっている。
「嬉しそうな顔してない」
氷乃がニヤリと笑った。
「してるさ」
「してないよぉ〜……!」
名花が不満げに頬を膨らませた。
「頑張ったのにぃ……」
「私は笑ってないか?」
氷乃と名花が黙った。
多々子を見つめている。
彼女は無表情だった。
「笑ってない」
氷乃が顎をあげる。
「そうか」
多々子が鼻を鳴らした。
名花が多々子に抱きついた。
「笑ってるぅ」
「ああ、そうだろう」
氷乃が微笑んだ。
「笑ってないよ、絶対笑ってない。たこちゃんは表情筋死んでるよ」
「あいつはわかってないぜ」
多々子が氷乃を指差した。
「ひょーちゃんわかってない!」
名花がジト目をしている。
「さいちゃんのまね〜、です」
彼女はそう言ってクスクスと笑った。
氷乃が肩を竦めた。
「私の真似、ですか」
西木がひょっこり現れた。
「似てないです、絶対に」
「さいちゃん〜!」
西木に飛びつく名花。
「アメリカ人ですか? めーちゃん」
西木が名花を華麗に受け流した。
「ハグばかりして……」
「表情筋死んでる系女子が二人」
氷乃が西木の頭を撫でながら言った。
「死んでません」
西木がジト目を披露する。
「ひょーさんこそ、その張り付いたような薄ら笑いしかしてません」
「そうだよっ! ひょーちゃん、だめーだよ」
名花が楽しそうに肩を揺らしている。
「参った、痛いところを突かれたなあ」
氷乃が両眉を上げてみせた。
「でました、その胡散臭い表情」
西木が氷乃に詰め寄った。
「じー」
「わかったわかった、降参だよ」
氷乃が両手を上げる。
「さいちゃんは表情筋死んでない」
「よろしい、です」
西木が頷いた。
「おい、あいつはどうした」
多々子が声を上げた。
「藍音」
「いますわよ」
藍音が入り口から顔だけを出していた。
「あいちゃんだ〜〜っ!」
名花がハグタックルを仕掛ける。
藍音はあえなくハグの餌食になっている。
「またハグですか」
西木は今日も、ジト目をやめない。
「なにを怯えてたんだ、早く入ってこい」
多々子が藍音をみて、右の手のひらを上へ向けた。
「お、怯えてなどいませんわ! 輪に入る機会を見繕っていたのですわ!」
藍音が名花の頭を撫でながら反論する。
「そうか」
「よかった、表情筋ある人が来た……」
氷乃がわざとらしく胸をなで下ろした。
「私のことかね?」
吹谷先生がぬっと現れた。
「かわいこちゃんが勢揃いとはね、女子高の先生ってのはサイコーだねえ! やめらんないわぁ」
「おい来たぞ」
多々子が一歩後ずさりをする。
「強敵だ」
氷乃が名花たちの前に踊り出た。
「セクハラは禁止です」
「なに!? 氷乃、契約違反だぞ!」
吹谷先生が凄む。
「がるるるるっ!」
「ハグは一人一日一回までです」
氷乃が人差し指をピンと伸ばした。
「契約はそうなっていたはずですが」
吹谷先生がそっぽを向いて口笛を吹き出した。
「キスは何回まで〜?」
彼女は悪代官のような顔をしている。
「私となら、いくらでも」
氷乃と吹谷先生の顔が近づいた。
あと少し、どちらかの背中をぽんと押したら、唇が重なるぐらいになる。
藍音が顔を両手で覆って、指の間からのぞいている。
吹谷先生は顔を真っ赤にし、俯いた。
「や、やさしく、してください……」
氷乃が吹谷先生にチョップをした。
「照れるな、私が恥ずかしいでしょ」
「がるるるるっ! ここまできたら最後までしてよ! このいじわる!」
吹谷先生が睨みを効かせている。
「な、なんですの……この猛獣は……」
「檻に入れましょう、危険です」
「取り扱い注意のシールを貼っておけ」
「ふへへぇ……」
名花は楽しくて仕方がないといわんばかりの表情でやり取りを眺めていた。
「楽しくなりそうだねぇ……!」
「ん、そうだね」
氷乃が名花を撫でる。
「楽しくなりそうだ」
吹谷先生が咳払いをする。
「……一応、儀礼的なことはやっておこうかな」
吹谷先生は微笑んで、続けた。
「うん、じゃあ、今日から正式に短歌同好会の活動を始めてくださいね。危険なことは一切しないこと。活動報告は学期ごとに出してもらいます。短歌をつくることが活動目的と伺ってるので、まあ、レポート的なものをちゃちゃっと記入してもらうだけでいいけど……」
五人は黙って聞いている。
「一番は楽しく過ごすこと! これが守れないなら、私は顧問を辞退しますからね」
「うんっ!」
名花が力強く返事する。
「よし、それじゃあ、会長あいさつ!」
吹谷先生が片手を上げた。
「はい、誰?」
五人が顔を見合わせる。
やがて、一人の少女に視線が集まった。
「めーちゃん」
「名花」
「めーちゃん、です」
「めーちゃん、ですわよね」
名花は口に手を当てて、息を漏らすように笑っている。
彼女は優雅な仕草でそこにいる全員を見回した。
「始まりの 鐘は鳴らずに 揺れるだけ 名もなき詩を 紡いで笑え」
彼女たちは今日も、詩を詠う。
よみびとしらずっ!! 黄色之鳥 @yellow0203
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