とある病院に新しく入った介護助手の『山
下健悟』
黙々と勤務する彼は誰も寄せ付けない独特の雰囲気があり、他の職員も少し距離を置くようになります。
そんな中、看護師である坂口のあるものが更衣室のロッカーから無くなり、物語が動き始めます。
読み進めていくうちに明らかになる『山下』の行動、生活、そして最期。
全て語られるわけではないので、『山下』に何があったのか、誰も分かりません。
また窃盗などの犯罪は許し難いことなのですが、それだけでは済まない事情が想像でき、とても心苦しくなります。
彼の行動は『生きたい』という思いからだったのか、それとも『死ぬ勇気もなくただどうしようもなく生きていただけ』だったのか……
『山下』の存在は視点や考え方を変えるだけで様々な考察が出来るため、非常に上手くできた人物だと思います。
あえて彼の情報を出さないという手法が上手く、それが読者の想像力を引き立てています。
井上さんに関してもただ犯人探しをするだけではなく、相手への配慮やどうしようもなかった事情を察する優しさ、そして何か声をかけていればという後悔の念を感じ、とても好印象なキャラクターです。
世の中に起きる軽犯罪。
その中にはこの作品のように、生きるために犯したものもあるのだと思うと、とても心苦しく、深く考えさせられました。
素敵な作品をありがとうございました!
春風とともに赴任してきた介護助手・山下健吾は、力仕事を黙々とこなす真面目な男だった。
休憩時間になると姿を消し、私生活を尋ねると巧みに話題をかわす彼。
そしてある日の夜勤明け、弁当とロッカーの現金が消え、山下も姿を消した。
偽造された履歴書、偽りの電話番号——平穏だった職場に疑念の波紋が広がり、「彼はいったい何者だったのか」という謎が頭をめぐる。
気配りができ頼りになる若者は、何を思い、消えたのか。
金木犀の香りとともに残るのは、人という生き物の複雑さと、解けることのない疑問から滲むリアリズム。
職場で起きる静かなミステリー、読み終えたあとも余白が想像を誘い続ける、おすすめの一作です。
春の日差しとともに現れた、ひとりの介護助手・山下健吾。
与えられた業務を真面目に淡々とこなし、患者の扱いには力強さと細やかな気配りが際立つ。
ただ、休憩時間になるといつのまにかナースステーションから消え、私生活について尋ねると巧みに話題を逸らされる。
「山下さんっておとなしいけど、なんか不思議な人だよな」
それが看護師たちが抱く、山下の印象だ。
そんなある日、看護師・坂口のロッカーから弁当が消えた。
買い忘れか? と思った矢先、男子更衣室で職員のお金が無くなったという知らせが届く。
だが、看護部長がふと漏らした「……山下介護助手が、事件のあとから姿が見えませんね」という一言から、事件は思わぬ方向に進み始まる。
「山下は……最初からそれを知っていて……?」
その想像の続きを、坂口は声に出すことができない。
忽然と消えた山下が、その希薄な存在感とは反するほどに、妙な印象を残していた――。
その真実に触れたとき、きっとあなたも追いかけずにはいられない。
心を揺さぶる、社会派ヒューマンミステリー。ここに開幕。