君が唯一生きれる日

軽原 海

第1話

「またやってるよ、あの人」

毎年四月一日、あの人は決まって“彼”と歩く。

でも、“彼”はもういない。


子供たちは、最初の方こそ不気味がっていたけれど、今ではもうすっかり慣れて見向きもしなくなった。


大人たちはみんな知っている。

あの人はただ、嘘をついているだけなのだ。


ある年、誰かが聞いた。

「何をしているの?」

と。

その人は、とても苦しそうに顔を歪めながら答えた。

「嘘をついているだけよ」


あの人には恋人がいたこと。

それはそれは仲睦まじかったこと。

みんな知っている。

“彼”がいなくなった直後のあの人のことも。

だから今年も、ただ優しく見守っている。


「ねぇ、いいでしょ?今日だけなんだから。嘘なんだから。分かっているから」

その人は、手を繋いだ“誰か”にそう言って微笑みかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が唯一生きれる日 軽原 海 @6686

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ