卒業からのラブレター
みすず
卒業からのラブレター
卒業まであと4日の火曜日。
彩の机のもとに不思議な手紙が届いた。
「彩へ
卒業まであと4日だね。
小学校生活はどうだった?楽しかった?
一年生、初めての小学校、とっても緊張してたね。動物園への遠足、いい笑顔だったよ。
卒業式、楽しみにしてるよ!」
机の上には手紙が一枚。パソコンで打ち出された冷たい文字。その正反対の温かい言葉。誰から来たんだろう。彩はそう思った。
彩に誰から来たのか知るすべはなかった。
ただ、この手紙の送り主が彩の卒業を楽しみにしていることと、どこかで彩を見ていたということだけは確かだった。卒業したくない彩にとって少し棘がある内容だったが、その優しい言葉遣いに救われていた。
「彩、朝ごはんよ〜」
「あ、はい!待って〜」
おばあちゃんだ。お母さんが病気で亡くなってからおばあちゃんとおじいちゃん、お父さんと姉の舞と暮らすようになって、早三年、まだ慣れていないが、少しずつ慣れてきている。
朝ごはんはいつも通り、納豆ごはんとお味噌汁。5人で食卓を囲む。
「いただきます」
テレビをじっと見ていたが、ふと届いた手紙のことを思い出した。おばあちゃんやおじいちゃん、お父さん、舞は何か知っているかもしれないというほのかな希望を持ちながら、
「机に手紙あったんだけど、知ってる?」
お父さんとおばあちゃん、おじいちゃんは首を振り黙っていたが、舞は嘘をついているかのように顔を赤くしながら、どこかつっかかってくるように「え、なんか届いたの?ずっる、、、」と呟いた。
一番知っていそうなおばあちゃんはポーカーフェイスが上手い。前、お母さんが余命宣告された時も、ずっと自然な笑顔でいた。何を考えているのか全く読めない。
卒業式まであと3日の水曜日。
朝起きると、また手紙が届いていた。
「彩へ
卒業式まであと3日。学校に行くのも残り少ないね。
二年生の時のこと、覚えてる?感染症が流行って、学級閉鎖になって、家で過ごすことが多く なったり、友達に会えなくなったりしたね。三年生、学校に行ける日が増えた時の笑顔、可愛かったよ。
卒業式、楽しみにしてるよ!」
相変わらずの無機質な文字、だけど内容からは温かい空気が伝わってくる。友達と会えなくて泣いていたことを思い返し、少し恥ずかしくなった。その時のことを思い出すと、家で過ごした日々のことを思い出した。パソコンを使った授業に苦戦したり、暇して本を読んだり、閉じこもっていたけど、充実した日々。そんな日々を想像していた時は幸せだった。ただ、次の3文字で私の心は奈落の底に落とされた。「三年生」。いわば、恐怖の一年だ。お母さんが入院した年。亡くなった年。ただ、そのことに触れていなかったのが嬉しかった。これだけ私のことを見ていた人だから、お母さんが死んでしまい、泣き喚いたことも知っているはずだ。けれども、学校に行けるようになった時のことについて書いてある。可愛かったよなんて言われるのは照れ臭かったが、その優しい心遣いに惚れてしまった。
チャイムが鳴る。卒業式の予行が始まった。5年生と、たくさんの先生の前で卒業式を行う。先生、地域の人、家族への感謝を伝え、未来への決意を新たにする卒業式。
「いつも支えてくれた、お母さんとお父さん」クラスメイトの近藤さんが言うセリフだ。その言葉を聞くたびに胸が痛む。お母さんとお父さんと舞と彩の四人で過ごした日々を思い出す。
最後には、お世話になった先生から成功することについての話もあった。一人一人違う未来。成功ばかりじゃない。たくさん早く失敗した方が良い。話を聞きながら、彩はそんなふうに前向きになれたらいいのにと思っていた。失敗は成功のもとなんて、耳にタコができるほど聞いたことがある。そう思えないから辛いのだ。失敗は恥ずかしいっていう謎の常識が染み付いていた。私の頭の内を読むかのように、先生は「失敗は恥ずかしいと思っている人もいると思います」と続けた。
卒業式まであと2日の木曜日。
「彩へ
4年生、植物園への校外学習はどうだった?どんな植物が、どんな感じで展示されているのだろうってワクワクしてたよね。
5年生、初めての宿泊学習で緊張していたね。私はずっるとも思ってたよ。楽しかった?面白かった?
」
昨日までの文とは違い、どこか質問形が多い。あと、なぜか舞と喋っている時のような突き放されるけど身近な温かい感じがある。
卒業式まであと1日の金曜日。
「彩へ
卒業式は明日だね。
六年生、思い出はたくさん作れた?修学旅行のお土産、和菓子が多かったけれど、美味しかったね。
卒業式の朝、最後の手紙が届いた。いつものような一枚の紙ではなく封筒の表紙にいつも通りの手紙があった。
「彩へ
この手紙を出している人は分かった?
今日伝えたいことは、中に入っているから、見てね」
いつも通りではないことに戸惑いながらも、中を見た。3つ折りにされた便箋に書かれた文字。それを見た瞬間、彩の目から涙が溢れた。
「彩へ
今、元気ですか。無事、彩が卒業を迎えられていることが嬉しいです。命が延ばせるなら、せめて彩が小学校を卒業するまで、欲を言えば成人するまでずっとずっと見ていたかった。だけど、ごめんね。遠くからだけど、これからの卒業式見てるよ。ずっと遠くからだけど、ずっとずっと見てるよ。卒業式、楽しみにしているね。あと、この手紙は毎回舞が置いてくれてたんだよ。おばあちゃん、おじいちゃんから舞に、舞が彩に、次は彩がお父さんに渡す番。来年の11月22日の15回目の結婚記念日に手紙を置いてね。手紙は彩に渡したオルゴールの箱の底にあるよ。裏から開けてね。
お母さんより」
それに加えて、これまで印刷されていた手紙の元となった手書きの手紙も入っていた。4年生からの紙には、舞が書いてねという部分もあった。さっきまで流していた、お母さんに会いたいという涙だけでなくいつしかお母さんの愛を久しぶりに感じられたという喜びの涙に変わっていた。昨日感じていた、お母さんが生きていればというお母さんを責めたくなるような思いを浅はかに感じ、自分がどれだけバカだったのだろうとかと恥ずかしさでいっぱいになった。オルゴールの箱の裏を開けると手紙が入っていた。「彩、ごはんよ〜」「あ、はい!待って〜」初めて手紙が届いた朝と一緒で笑ってしまった。朝ごはんの時に舞に照れ臭く思いながらも感謝を伝えた。少し突き放されたような感じもしたが、気まずいながらも話に花を咲かせ、学校に行く時には、いってらっしゃいと笑顔で言ってくれた。
明るい日差しが校舎を照らす。
「ただいまから、卒業式を始めます。」
これまでよりももっと清々しいさっぱりとした気分だった。
卒業からのラブレター みすず @mizuyoru
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