第24話 真面目な求婚
まず、当事者の若者の名を、やんわりと呼ぶ。
「蓮」
「はい」
「ここで、心を込めた求婚をしてみせろ」
「は?」
突拍子のない提案に、流石の蓮も動揺している。
よりによって、舅となる男の前で、求婚を進められるとは思わなかった。
そんな若者を見ながら、男は優しく続けた。
「勿論、ただでとは言わん。入籍したとしても、披露宴や式はなしで、話をつけてやる」
「ち、ちょっとっ。それは横暴よっ」
「そちらには、代わりをくれてやるぞ?」
悲痛の声を上げたロンには、少し意地悪な色を乗せた笑顔で言い切った。
「うちの娘のそれを、豪勢にやってくれ。この子の分まで、派手に」
「はあっ?」
廊下で男の悲鳴に近い声が、叫んだ。
が、部屋に入るのは止められたのか、襖が開くことはない。
それをいいことに、水月は更に妥協案を出した。
「お前が、勇気をもって求婚した暁には、娘の求婚劇も、ここでお披露目しようじゃないか」
「っっ」
止められているだけではなく、完全に押さえつけられているようだ。
同じように、オキとの婚姻を隠匿していた弟子からすると、水月の娘夫婦を差し出して済むのならという気持ちだろうが……。
「そんなことだけで、周囲を説得できるはず、ないでしょっ」
ロンが反論するので、水月は仕方なく、という体で更なる提案を差し出した。
「じゃあ、弟子のもやってくれ」
「なっっ」
これは、廊下で娘を抱えたまま、他人事で話を聞いていた男の声だ。
「見目のいい女二人の花嫁姿は、それだけの価値があると思うが?」
「……ミヤちゃんは兎も角、オキちゃんの花嫁姿は、見たくないわあ。だって、言ってしまえば、ランちゃんの女装なのよ?」
披露宴をするという事は、会場の前に案内の看板が掲げられる。
そう、戸籍上の事を考えると確かに、オキの方が花嫁になってしまうのだ。
水月は納得しながら、その問題もあっさりと解決した。
「オキが、律に似せた姿になれば、いいだけだろうが」
「……はっ」
いや、そんなことも考えつかないほど、思い詰めていたのかと、弟子夫婦に呆れてしまう。
雅の婚姻隠匿の画策に乗った理由が、これだったのだろうと辺りをつけての提案だったのだが、これで賛成人員が増えた。
「……おい、協力しろ。こんな場じゃないと、律を着飾れないんだ」
「だ、だからって、そんなあっさりと裏切るかっ、お前はっっ」
そんな娘婿に構わず、水月は優しく言う。
「どうだ? 弟子への求婚は、とっくの昔に聞いているから珍しくないが、娘のはレアだし、狐二人の花嫁姿は、圧巻だぞ。何より、その二人の姿は、オレも見てみたい」
「……」
騒いでいた婿が、廊下で黙り込んでしまった。
おっと、一言余計だったかと苦笑しつつ、水月は眉を寄せているロンの答えを待った。
「……話し合いの余地は、ありそうね。うちの家々の当主の言い分も聞いて、譲歩を取り付ける形になるけど、セイちゃんの披露宴と式に関しては、なしの方向で話してみるわ」
大男がそう答えた後すぐ、古谷家の人間が動く気配があった。
時刻は午後を回ってしまっているが、早い通達を心掛けているらしい。
どの家も係わりがないように見えるのに、一つのことでまとまった連中だ。
空気がまとまりかけたと思ったその時、目を丸くしてその成り行きを聞き流していた蓮が、不意に笑った。
「それ、どんな利がありますか?」
「お前の利益を、何故考えなければならない?」
「オレじゃない、もう一人の当事者の方ですよ」
笑いながらの冷静な指摘に、水月はちらりと若者二人を一瞥した。
どうやら既に、腹をくくっている蓮とは違い、話の展開についていけずに、セイは無感情ながらも困惑しているようだ。
「こいつ本人の披露目が控えめになるのはいいですが、兄貴分たちや側近の婚姻のお披露目なんか、派手だろうが密やかだろうが、どうでもいい話です」
「……まあ、そうねえ」
どちらかというと、側近連中が派手に騒いで飲みたいだけで、その肴が欲しいだけで、セイ本人は無頓着だ。
天井を仰いで頷くロンは、女房と正式に縁を結んだとき、派手なお披露目は控えた。
そのせいで、殆どの側近も家々も、男の愛妻の顔を知らない。
これには理由があってのことだから、自分たちは引き合いに出されないが、確かにあの二人のそれでは、セイのお披露目の代わりには弱く、他の連中を納得させるのは難しい。
「どうせなら、入籍問題に憂いがないよう、それこそ完璧な身代わりになる生贄が欲しいんですが?」
「完璧な……か」
考え込む仕草をする水月に、蓮は笑ったまま続けた。
「例えば、こいつの親、とか」
前に座る鏡月が、茶を噴出した。
咳き込む若者の隣で、その背をさすりながら、凌が呆然と呟く。
「オレを、着飾れば満足する、のか?」
「……それでも、構いませんが」
絶句するロンの前で、銀髪の大男は真面目に考え込んだ。
「しかし、オレの体格に合う衣装が、既製品にあるだろうか? 貸衣装にしても、規格外になると思うんだが……特注するとなると、時間が空いてしまう」
「ギリギリ体を詰めれば、可能じゃないですか?」
何やら、見たくない光景が実現しそうな空気が、まとまりつつある。
何処で突っ込みを入れようかと思いつつも、傍観の姿勢になった水月の前で、ようやく立ち直った鏡月が怒鳴った。
「ふざけるなよっ。旦那に花嫁衣裳着せるくらいなら、オレが着るっ」
「よし、そうしろ。というか、そういう意図だっつうの」
勢い良く言い切った従弟に、蓮はあっさりと言い切った。
口を開け放つ鏡月に、若者は不敵な笑いを向ける。
「こいつほどの美女になるとは、思ってねえけど? 奴らの前にさらされる代役には、うってつけだもんな」
「お前っ。図ったなっっ」
「オレたちを、入籍させたいんだろ? なら、多少は犠牲を払えよ」
諸悪の根源の割に、随分偉そうな言葉だった。
後のことは、ロンたち側近がうまくまとめて動いてくれるだろう。
それならと気を引き締めて、蓮は真顔で横を見た。
三年の学校での学びで、多少は色ごとに詳しくなってはいたが、話を把握するのには時間がかかるらしいセイは、目の前に座る客たちと、両隣の客たちの会話を、ただ黙って聞いていた。
その横顔を、そのまま黙って見守っていると、その視線に気づいて顔を上げ、黒い目が自分の目を見た。
「……昨日の話で、お前、言ったな」
「?」
「世を儚んで自刃するなら、目の届かないところでやれと」
一瞬泳ぐ目が、またこちらを見返すまで待って、今度こそ本気を伝えるつもりで、言い切る。
「お前が生きている限り、オレは死なない。例え、どんな境遇に陥っても、必ずお前の元に戻ると、約束する」
「っ?」
「お前を悲しませない、絶対に。それを、お前の傍で、証明させてくれ」
口を開くが、言葉が出てこないセイに笑いかけながら、蓮は言った。
「これから先、永遠に縛り付けられても、一向に構わねえ。だから、共に暮らして子供を育てる権利を、オレに与えてくれ」
頼むと、そのまま頭を下げた若者の声に、すぐ返事が返った。
「よし、許す」
やけに太い声の返事の後に、隣で盛大な舌打ちが聞こえた。
「旦那が返事して、どうするんだよっ」
頭を下げたまま脱力してしまった蓮のその先で、鏡月が何故か涙声で喚いている。
「くそっ。間に合わなかったか」
「水月、懐中時計は、人に投げる武器じゃないぞ」
「……いや、間に合いはしたが、この距離で受け止めるか。くそっ」
どうやら、真剣な求婚をしている最中に、外野は全く違う攻防をしていたようだ。
「……この二人は、まだまだ元気ねえ」
呆れた様子のロンの声を聞きながら、蓮はようやく顔を上げた。
勢いのままにやらかしてしまったが、本人の返事はもらえなかったようだ。
渾身の求婚だったのだが……。
溜息を吐いてしまった蓮の手を、小さい手がそっと握った。
「っ」
驚いて見る若者を見上げ、セイがぽつりと言う。
「ありがとう」
どう返事していいか分からずそう言った、そんな戸惑い交じりの言葉だった。
「あんたの気持ちは、とても嬉しい。でも、永遠に縛るのは、嫌だ」
「ああ。分かってる」
握られた手を動かし、逆にその手を握り込みながら、蓮は静かに頷いた。
「お前が、いらねえと思ったら、すぐに切り捨ててくれていい」
「……」
「だが、その場合でも、お前たちを陰で見守るくらいは、許してほしい」
いつの間にか静まり返った室内で、セイがゆっくりと微笑んだ。
「分かった。入籍、する?」
「……はっ」
微笑んだ相手に真っすぐ問われ、若者は我に返った。
肝心の言葉を、言い忘れていた。
「ああ。結婚しよう」
廊下から歓声と大爆笑の喧騒が、何故か泣き出す室内の若者の声と重なり、再び賑やかになった。
「……これからが大変だけど、まあ、ひと段落ね」
ロンの呟きに、一人冷静な水月が優しく頷いた。
これで安心して、職場に戻れるというものだ。
「後は、娘たちの求婚劇を見届けて、帰るか」
「やだ、とんぼ返りするの? 奏ちゃんがいるのに」
「今後の打ち合わせがあるだろうから、律たちは、置き去……残していく」
「そう。それは二度手間にならなくて、助かるわ」
問題は山積みだが、目下の一番の目玉は解決した。
後の問題は片手間でも解決可能と、側近たちが活躍したおかげで、この日から三か月後の夏、お披露目と報告の場が二週間設けられたのだった。
私情まみれのお仕事 最終編 赤川ココ @akagawakoko
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