フレイAスター -Frey A star-

シプリン

フレイAスター -Frey A star-

 惑星と惑星は決して交わらない。

 もしも天体同士が衝突すれば、その瞬間に双方は瓦解し、ガスと塵の群れに変わってしまうからだ。そして気の遠くなるような年月をかけ、無重力の世界に散った砂礫が集まり、新たなる天球を育む。これが循環の理。


「星は孤独。隣人と触れ合う自由もなく、ただ遠い光に焦がれることしかできない」


 本来は無意味な感傷だ。

 何故なら星に、寂しさを感じる機能は存在しない。


「そのはずだったんだけどなぁ……」


 何の因果か、星という器に命が生じたのである。

 それも一つではなく、複数の場所で。


 神が賽を振ったのか、あるいは奇跡の産物か。

 天体に自我が宿った理由はよく分からない。


 決まった姿形を持たず、何にでもなれる代わりに、何者にもなれない超常の存在。

 それが、元はリゲルと称される無機質な青色超巨星である僕だ。僕以外にも、こうした自我を持つ星の仲間は何人もいる。


「かつての僕らは、ただ在るだけの星だった」


 今の自分たちの状態のことは、『フレイAスター』略して『エース』と呼んでいる。 喜怒哀楽を覚えた僕らは、広大な宇宙に散らばる数多の文明に関心を持ち、急速な成長を遂げた。星に満ち満ちる膨大なエネルギーを行使する術を得た僕らに、不可能はない。


「それはそれで退屈なんだけど…」


 だから僕らは、広大な暗黒の海に隅々まで意識を割いた。

 どこかに興味を惹かれる何かがあるかもしれない。


 そんな一念の末に見つけたのが、天の川銀河の片隅に浮かぶ、地球という惑星で生まれた宝石だ。


「まさに運命の出会いだよねぇ」


 その宝石は、地球の原住民である人間の乙女に姿を変える。

 そんな彼女たち──ストーンアテナに、僕らは惹かれたのだ。


「僕の推しは、ロッククリスタル」


 今は彼女たちに気づかれないようそっと見守りながら、折に触れて星の加護を与えている。

 これは、いわゆる推し活だ。


「アイドルを応援するような感じかな」


 フレイAスターは二十一人いる。丁度地球から見た『一等星』と呼ばれる星々がそれだ。

 その中で、この推し活をしているのは七名。

 ロッククリスタルを推している僕の他に、サファイア推しのシリウス、オブシディアン推しのプロキオン、トルマリン推しのカペラ、トパーズ推しのポルックス、ロードナイト推しのアルデバラン、ガーネット推しのベテルギウスがいる。


 なお全員、推し宝石は日本国産だ。

 ストーンアテナは宝石が産出した地、すなわち国によって、同じ宝石でも別人のストーンアテナとなる。

 例えば日本産ロッククリスタルは凛とした佇まいだけど、米国産ロッククリスタルは人懐っこい性格だったりとか。

 僕ら推し活するエースの七名は、偶然にも推しが同一産地だったこともあり、他のフレイAスターよりお互いに親近感を持っていた。

 因みに、フレイAスターの基本人格は人間の成人男性である。


 とはいえ四六時中、ストーンアテナたちを延々と眺めている訳でもない。

 推し活の他は各々が、好きに星としての生を謳歌している感じだ。


「星の余暇は長い」


 遥かな時間の先、天体としての寿命を終えるまで。

 地球人の子ども風に言えば、永遠にも等しい放課後だ。

 今も宇宙空間を無為に漂いながら、のんびりと流星群を眺めていたりする。


 すると不意に、ベテルギウスが意識に呼びかけてきた。


《リゲル。少し相談があるんだが、いいか?》


 いつもと変わらない、明るく真直ぐな声。

 彼はどんな恒星も霞むような、命のきらめきに満ちた存在だと思う。


《久しぶりだね、ベテルギウス。前に会ったのは…僕が五平餅を振るまった時だっけ》

《それはだいぶ前だぞ。たまには一緒に推し活するか?》

《僕の推しは、あんまり動かないからねぇ。君が応援してるガーネットくらい積極的なら、僕が加護を与える機会も増えるんだろうけど。まあ、そういう泰然とした所がクリスタルの魅力だから》

《俺はガーネットの情熱あふれる所が……って、そうじゃない。さっきも言ったが相談がある。とりあえずカペラ、ポルックス、アルデバランも呼ぶぞ》

《それは構わないけど…》


 名が挙がった面々は全員、ストーンアテナを応援する推し活仲間だ。

 それなのに何故かあと二人の仲間、シリウスとプロキオンの名前がない。


 疑問を投げる前に、伝えられた名の星々と意識が繋がる。

 実際の距離を無視し、魂と魂が結びつく感覚。

 最初に声をかけてきたのは、アルデバランだった。


《リゲル、この間はご馳走様! コーヒーゼリー、美味しかったよ。次はマフィンが食べたいなー》

《いいよ、任せて。アルデバランは何でも幸せそうに食べてくれるから、作り甲斐があるよ》

《えへへ、ありがと。この前さ、ドナちゃんがマフィンを買ってたんだ。やっぱり推しと同じお菓子、食べたいじゃん?》


 応援している相手と思考が似るというのは、よく分かる。

 そんな僕とアルデバランの会話に、ポルックスが《いいですね》と静かに同意した。


《たまには皆で、お茶会でも催しましょう》


 普段は控えめなポルックスから、こういう提案は珍しい。

 そこで僕は、なるほど、と得心した。


《つまりベテルギウスの相談は、みんなで推し活の会合でもしようっていう提案?》


 しかしそんな僕の安易な考えを、最後に意識の繋がったカペラが《いいえ》とやんわり否定した。


《お茶会の計画も悪くありませんが、まずは直近の問題を話し合いましょう》


 そうして、いつも穏やかで冷静なカペラが事のあらましを語り始める。

 どういう理由か、シリウスがプロキオンを避けているらしい、と。


 その話を聞いた僕は、うーん、と首を傾げた。


《気のせいじゃないかなぁ?》


 僕ら七名の推し活エースは仲が良い。

 地球に降りる際は人間の姿を模しており、現在の精神性も推しの影響で地球の文明に強く影響されてはいるが、それでも元は星。天体という物体、天球という観測事象、超然の存在なのだ。

 全員が神の如き権能を操れるせいか、嫉妬や恨みつらみもない。


 けれどもカペラは、だからこそ、と続ける。


《シリウスの行動は不自然なのです。プロキオンから相談を受けた私たちは直接、シリウスに尋ねました。ただ誰が聞いても誤魔化され、まさに暖簾に腕押しです。残念ながら、私たちは白旗を上げざるを得ません。あとは、まだ彼に問いただしていないリゲル──貴方だけが頼りなのです》

《事情は分かったけど、僕、そもそもプロキオンから何も聞いてないよ?》

《それは貴方が前回の集まりに来なかったからでしょう》


 前回の集まり?

 誘われた覚えも、欠席した覚えもないけど……僕が忘れているのだろうか。


《とにかく僕は、シリウスがプロキオンを避ける理由を探ればいいんだね。いいよ、やってみる。それで肝心の二人は?》

《シリウスとプロキオンは現在、地球のショッピングモールで買い物中です》

《それって仲良しってことなんじゃ?》


 …と僕は思ったんだけど、アルデバランによると、まだ関係は改善していないそうだ。


《誘ったのはシリウスらしいけど、何かよそよそしいんだって。プロキオンも、どうしたらいいか困ってるみたい》

《シリウスがプロキオンを困らせることなんて、ないと思うけどなぁ》


 そんな訳で。

 目的地は二人がいる地球──推しの居る島国こと日本のショッピングモール。

 エースの権能を行使すれば、物理的な距離など関係ない。

 人間の姿となった僕は、とある巨大複合商業施設の前に降り立った。

 空は晴天、やや日差しが強め、風は快適。

 学生や主婦で賑わう午後の昼下がりだ。


「さて、シリウスとプロキオンはどこかな……と」


 気配を探れば、二人を見つけるのは簡単。彼らは施設内のインテリア雑貨店にいた。

 ただ同じ売り場の中でも、何故か離れて行動しているように見える。

 僕は、まずマグカップ売り場にいるシリウスに声をかけることにした。


「やあ、シリウス」

「リゲル、こんなところで奇遇だな。何してるんだ?」

「察しの良い君なら、僕の要件くらい分かってるんじゃない?」

「そりゃあな。俺がプロキオンを避けている件だろ。みんなに相談されたか」

「まあ、誰も君がプロキオンに意地悪してるとは思ってないよ。僕も遠回しに腹の探り合いをするつもりはないし、事情を教えてくれないかなぁ?」


 するとシリウスは、陳列棚の隙間からさっと店の奥を見やった。その視線を追うと、ソファに腰掛けているプロキオンの姿が映る。まだ僕には気づいていない模様。


「実は、プロキオンの誕生日を祝おうと思ってな」

「誕生日…って、分かるの?」


 僕たちは星の化身だ。

 天球としての誕生はおろか、自我に目覚めた日すら判然としない。

 そしてシリウスも『いや』と首を振った。


「人間たちが祝う誕生日のように、正確な日付じゃなくていいんだ」

「誕生日なのに?」


 困惑する僕に、ふっと笑みをこぼしたシリウスが人差し指を揺らす。


「ああ。日付もそうだし、年齢だってどうでもいい。とにかく俺は、プロキオンにバレないようにプレゼントを買って、お祝いしたいだけなんだ」


 それが結果的に、プロキオンを避けるような感じになってしまったらしい。


「でも今日は、一緒に来てるよね」

「そこにはな、SMACS0723より深い理由があるんだよ」

「SMACS0723、って何?」

「人間たちが観測した、もっとも遠い銀河の名前らしいぜ」

「へえ。それより深い事情って?」

「なんと、全然プレゼントが決まらない。プロキオンが喜びそうな物……と思って色々探してみたんだが、どれもピンと来なくてな。だから今日は俺の買い物ってことにして、プロキオンの欲しそうな物を探ろうと思ったんだ」

「だから一緒に買い物してるんだねぇ。プロキオンはソファとかタンスを見てるみたいだから、それでいいんじゃない?」

「できれば箱に入るサイズで渡したいんだよな。そのほうがプレゼントっぽいだろ。折角来たんだし、リゲルも手伝ってくれないか」

「そういう事情なら、手を貸すよぉ」


 そんな会話をしている間にプロキオンも僕の存在に気づいたようで、スタスタとこちらに歩み寄ってきた。


「リゲル。あんたもシリウスに呼ばれてきたのか」

「うん。まあ、そんなところ」


 騙すようで悪いけれど、僕はプレゼント選びのフォロー役に徹することにした。

 まずはプロキオンの好みを把握することから始めよう。


「ただシリウスの買い物がなかなか決まらないみたいだから、プロキオンも一緒に考えてくれないかな?」

「それは構わないが、そもそもシリウスは何を買いに来たんだ?」

「えっ?」

「もう二時間以上、ずっと売り場をウロウロしているだけだぞ」

「そっ、そうなんだ?」


 買い物に来た理由くらい考えておかなかったのかな、という気持ちで隣に視線を送る。

 僕とプロキオンから疑惑の眼差しを向けられたシリウスは、それを気にも留めず堂々と言い放った。


「急に買い物がしたくなっただけだからな。細かいことは考えてない」


 設定が雑…!!


 プロキオンも、流石にちょっと唖然とした顔をしている。

 とにかくフォローしなきゃ。

 このままだと、いつかボロが出そうだ。


「ええと…じゃあ代わりに、僕らが欲しい物を見繕ってみるっていうのはどう?」


 そんな苦し紛れの提案に、実直なプロキオンは首を振った。


「それでは俺たちの買い物になってしまうだろう。今日の主役はシリウスなのだから、彼が気に入る品を探すべきだ」


 違うよ、本当の主役はプロキオンなんだよぉ。


 そのはずなのにシリウスまで、うんうん、と相槌を打っている。

 計画性ゼロ、ライブ感が凄い。

 何とか軌道修正を図ろうとした僕は二人の間に挟まれながら、それならばと別案を提示した。


「僕とプロキオンでシリウスが喜びそうなプレゼ……じゃなくて、雑貨を探すのは?」

「ふむ、俺とリゲルをきっかけにして、シリウスの探し物に道筋をつけようという算段か」

「そんな感じだね」

「俺はソファかタンスがいいと思うんだが」

「箱に入るサイズのほうが良いんじゃないかな」

「なぜ箱にこだわる?」


 言葉に詰まった僕は、先ほどから相槌しか打っていないシリウスに助けを求めた。

 救難信号を受け取った仕掛け人が、任せろ、とばかりに頷く。


「プロキオン、大きいとかさばるだろう」

「なるほど、一理あるな」


 ないよね?

 僕ら何でもできるんだし?

 どれだけかさばってもサクッと運べちゃうよ?


 そんな理由で納得できるなら、もっとプレゼント選びも円滑に進みそうな気がするんだけど。


 ひとまず全員、手分けして雑貨を選ぶことにした。

 あとは秘密裏にプロキオンの好みを探るだけ。

 ……だと思うのに、何故かシリウスは僕のほうについてきた。


「俺がそばにいると、プロキオンの気が散るかもしれないからな。あとで選んだ物を見せて貰うほうが参考になるだろ」

「それもそうだね」


 プロキオンを待つ間、僕も雑貨屋を自由に回ることにした。

 地球の仮住まいにフレグランスランプを置きたいと思っていたから、丁度いい。

 珍しい品のせいか、シリウスも興味深そうに覗き込んできた。


「リゲルは、そういうのが好きなのか」

「うーん、興味があるだけかなぁ。いつも買うまではいかなくて、見るだけなんだよね」

「身に覚えのある心理だな。で、どういう系統の匂いが好みなんだ?」

「部屋の匂いだから、落ち着く感じがいいかも。すっきりした花の香りとか」


 良い機会だから一つくらい買ってみようかな、とも思ったけれど。

 これがプロキオンのプレゼントになる可能性もあるし、ひとまず今日は遠慮しておく。


 それから小一時間ほど悩んだ末、幾つか候補が出揃ったものの、結局シリウスは何も買わなかった。


「いま買うと、プロキオンにバレるからな。また改めて買いに来るさ」


 別れ際、シリウスからバースデー・パーティーの招待状を渡された。

 一週間後、シリウスが地球にて住んでいる家で開催されるらしい。

 推し活仲間のエースたちも来るという。


「プロキオンは普通に遊ぶって名目で呼び出すから、まだ秘密な。あとプレゼントもリゲルは用意するなよ?」

「なんで僕も買っちゃ駄目なの?」

「ひとまず一回目だからな。みんなから渡されたら、プロキオンも気を遣うだろう」

「そういうものなんだ?」


 準備にも参加したかったけれど、それは二回目以降まで待ってほしいと頼まれた。


 そしてバースデー・パーティー当日。

 指定された時間にシリウスの家を訪ねた僕は、玄関の扉を開けるなり、クラッカーと拍手喝采の歓迎を受けた。


「ハッピー・バースデー、リゲル!」


 呆然とする僕の手を、シリウス、プロキオン、カペラ、ポルックス、アルデバラン、ベテルギウスが引っ張る。その合間に、いつの間にやら肩から『あなたが主役』というタスキまでかけられた。

 リビングは豪華な飾り付けと心尽くしの料理が並んでおり、垂れ幕には『リゲル、お誕生日おめでとう』と書かれている。


 全く理解が追いつかない。


「…どういうこと?」


 首を傾げる僕の背中を、シリウスがぽんと叩く。


「騙して悪かったな。俺が準備していたのは、本当はリゲルの誕生日を祝う会だったって訳だ」

「因みに、みんな仕掛け人です」


 ちょっと申し訳なさそうな笑顔で、カペラがネタばらしを続ける。


「じゃあ、プロキオンは?」

「俺は最初から囮だ。リゲルのプレゼント選びを円滑に進めるために、一芝居打たせてもらった」


 つまり雑貨屋の一幕すら仕組まれていた展開で、僕のプレゼント選びが目的だったと。

 思い返してみれば、僕が欠席したと言われた『前回の集まり』も、やっぱり覚えがない。


 エースのみんなから贈られたプレゼントは、どれも僕が雑貨屋で目に留めたものばかりだった。中にはフレグランスランプも含まれており、これはシリウスが用意してくれたらしい。


「わあ、花の香りだ。覚えててくれたんだね、ありがとうシリウス。でも、なんで僕の誕生日を祝おうと思ってくれたの?」

「そういう人間の文化を楽しみたかっただけさ。君を最初に選んだ理由は、五平餅やコーヒーゼリーのお礼だと思ってくれ」

「そっかぁ。じゃあ前に言ってた誕生日に年齢や日付が関係ないって話、あれはどういう意味だったの?」

「ああ、それか。そんなに深く考えちゃいないが、強いていうなら、生まれてきてくれてありがとうって意味だ。命は、それだけで価値があるだろう?」


 シリウスの言葉は、スッと胸に落ちた。

 テーブルを囲んだみんなが、楽しそうにはしゃいでいる。


 星は孤独だ。

 けれど命を宿した僕らは、自分の意思で歩み寄ることができる。


「じゃあみんなも、ハッピー・バースデーだねぇ」


 この世に生を受けた奇跡に、感謝と祝福を込めて。

 星々が集まる日本の真昼のリビングに、笑顔と絆の輝きが満ち満ちた。




―END―

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