おやつ
冬部 圭
おやつ
「ばんごはんの材料を買いに行くよ。おやつがほしいならついておいで」
母ちゃんが声をかけてくれる。もちろんついていくので
「行く。まって」
と返事をする。母ちゃんと兄ちゃんと一緒に家を出る。兄ちゃんが家にかぎをかけてみんなで並んでスーパーへ買い物に出かける。
お店に着いたら母ちゃんが
「おやつはいくつえらんでもいいけど、合計で一人百円までだからね」
といつも通りのルールを言う。
「わかった」
「わかってる」
オレたち兄弟の返事はちょっとちがうけど母ちゃんは気にせず野菜コーナーの方へ向かっていく。
兄ちゃんとオレはおやつコーナーへ向かう。
「兄ちゃん、何にする」
兄ちゃんの作戦を聞く。前にガムにしたら母ちゃんにしかられたから気を付けないと。
「そうだなあ。グミにしようかな」
ガムはだめでグミはだいじょうぶって母ちゃんはどこで分けてるんだろう。
「ガムは口から出して捨てないといけないからじゃないかな」
オレが何を考えてるのかなんて兄ちゃんにはお見通しみたいだ。
「じゃあ、飲み込んだらだいじょうぶかな」
すばらしい考えだと思ったけれど、
「多分もっとしかられるよ」
と兄ちゃんは笑う。兄ちゃんがそう言うならそうなんだろうな。じゃあ、何にしよう。母ちゃんをおこらせておやつを買ってもらえないのはこまるから、よく考えないと。
そうだ、兄ちゃんと同じのを買えば。いやいや、兄ちゃんのマネをしてあんまり好きじゃないやつになってもこまる。目的は母ちゃんにおこられないことではなくて食べたいおやつを手に入れることだ。
どうすればいいんだろう。スーパーでおやつをえらぶなんていつもの事なのにいつもなやんでいる気がする。
あまりになやんでいたら母ちゃんは買うものを選んだみたいでおやつコーナーにやってくる。
「あなたたち、まだ選んでないの」
母ちゃんが呆れたように言う。
「まだ。もう少し」
兄ちゃんが母ちゃんに答える。
「決めた、ラムネにする」
安いラムネをふたつ選んで母ちゃんの持つ買い物かごの中に入れる。
「やっぱりグミにしようかな」
そう言って兄ちゃんはグミのふくろを手に取る。オレが決めたらあっさり兄ちゃんも決めた。
「それでいいのね」
母ちゃんがオレたちに聞く。少し決心がゆらいだけど、
「うん。ラムネがいい」
と答える。何とか母ちゃんのきげんをとりながらおやつをえらぶことができた。後は帰って食べるだけ。よかった。
母ちゃんとの買い物は気を使う。おやつを買ってもらうのにテストを受けてるみたいだ。そんなことを兄ちゃんに言ったら
「母さんが絶対に選んでほしくないのがあるから、それをさけておけばいいんだよ。あまり食べさせたくないと思っているやつも大目に見てくれてるから」
兄ちゃんは母ちゃんが絶対にダメと言うやつが分かっているのか。
「だったら教えてよ。何がダメなの」
分かっている人に聞けばいいんだよは父ちゃんの教えだ。
「ガムとかキャラメルとか歯にくっつくやつ。後、おまけ目当て。おもちゃとかシールとか」
どれもオレがほしいやつだ。どうすればいいんだ。
「残念だけどあきらめた方がいいよ。父さんと出かけた時に買ってもらうって手はあるけれど、見つかって父さんといっしょにしかられると思う」
確かに。後でバレて「もうおやつなし」と言われたらぜつぼうだ。
兄ちゃんからのアドバイスでおまけ付きはあきらめることにした。
そんなやり取りからしばらくたったあと、ある日曜日にめずらしく父ちゃんが昼ごはんを作ることになった。
「いっしょに買い物に行くか」
父ちゃんから声がかかる。
「おやつ買ってくれるなら行く」
正直に答える。父ちゃんは笑って
「あんまり高いのはだめだからな」
と言ってくれる。兄ちゃんと顔を見合わせて
「それなら行く」
とオレが答える。
父ちゃんと兄ちゃんと三人で買い物だ。いつものスーパーに行く。
スーパーではおやつコーナーに二人で行く。
「いやな予感がするんだ。母さんと買い物の時と同じルールにしておいた方がいいと思う。あと、父さんの買い物も不安だから、オレ、先に父さんの所へ行くよ」
兄ちゃんはさっさとチョコレート菓子をえらんで先に父ちゃんをさがしに行ってしまう。
兄ちゃんのいやな予感って何だろう。父ちゃんは百円までって言わなかったけれど兄ちゃんの予感を信じて前と同じラムネにする。
父ちゃんと兄ちゃんは何を買っているんだろう。すこしさがすと野菜コーナーで二人を見つける。
「ひき肉、玉ねぎ、パン粉。卵はあったはずだからこんなもんかな」
父ちゃんが兄ちゃんに相談している。
「たぶん、パン粉は家に残りがある。無かったとしても食パンが残っていたから何とかなると思う。パン粉は買わない方がいいとおもうよ。あと、付け合わせ。ないと何か言われそうな気がする」
兄ちゃんが父ちゃんにアドバイスしている。
「なるほど。トマトとレタスでも買っておくか」
父ちゃんがレタスに手を伸ばす。
「いや、レタスは残っていたかも」
兄ちゃんはそんなことを言う。
「じゃあトマトだけでいいな」
父ちゃんは兄ちゃんのアドバイスをすなおに聞いている。兄ちゃんは家に何があるかよく知っているなと思う。どういうやり取りなんだ。わけが分からない。
「母さんが、『父さんはハンバーグを作れない』って言ったんだって。父さんが『そんなことは無い。作れる』と言ったら、昼ごはんを父さんが作ることになったみたい。その話の流れだと、今日の昼はハンバーグだ」
兄ちゃんがオレにいろいろ教えてくれる。父ちゃん、ハンバーグは作れるかもしれないけれど、家の事は全然わかっていないみたいだ。それで兄ちゃんが手助けしていると。昼ごはんの事が心配になる。
「きっとだいじょうぶ。うまくいくさ」
父ちゃんが笑う。本当にだいじょうぶかなと思いながら買い物をすませて家に帰る。
「ただいま。さあ作るぞ」
父ちゃんはそう宣言してそのまま台所でハンバーグを作り始めた。
しばらくして
「昼ごはんだぞ」
と父ちゃんの呼ぶ声が聞こえる。
テーブルの上には形も大きさも不ぞろいのハンバーグが並んでいる。トマトとレタスが一緒にお皿にのっている。みんなでおそるおそるハンバーグを食べる。
「おいしいけど、見た目がわるいね」
兄ちゃんがそんなことを言う。
「そうだなあ。父さんはハンバーグを作れるけれど母さんの方が上手ってことだな」
父ちゃんはそんなことを言った。オレでもわかる白々しさだったけど、
「まあ、良しとします」
と母ちゃんは答えた。母ちゃんはきげんが良さそうだ。そんな風に思って油断していたら、
「ところであなたたち、おやつは何にしたの」
と母ちゃんに聞かれる。兄ちゃんの言うことを聞いておいてよかった。兄ちゃんとオレは正直に父ちゃんに買ってもらったおやつを母ちゃんに教える。
「まあ、いいでしょう」
三人とも母ちゃんにしかられずにすんだ。兄ちゃんありがとう。兄ちゃんはこんなところまで予測していたんだ。すごいなと思った。
おやつ 冬部 圭 @kay_fuyube
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