エピローグ
エピローグ
三月十四日、アオイくんの十六歳の誕生日。
市内にある大きな水族館、行先を決めたのは今回は私だった。
最初はアオイくん家にケーキを作って持っていくつもりだったけど、「また、オカンに邪魔される」と、必死に拒んでいた。
それはそれで楽しそうなのに、って笑ったら、アオイくんは捨てられた子犬みたいな顔をし始めるから、水族館を提案したのだ。
そうしたら、アオイくんは、ブンブン嬉しそうに尻尾を振ってるような笑顔に戻った。
よっぽどイヤだったのだろうか?
「アオイくん、他にも行きたいとこあったんじゃない?」
「あるよ、いっぱい。でもホラそれはこれから海音ちゃんと全部実行してくつもりだし」
ニッと大きな口で笑うアオイくんに頷くと、よし、行くよ、と手を握られる。
何度か、この大きな手を握っているのに、その度に緊張してしまう。
嬉しいと恥ずかしいで温度が急上昇し、伝わってしまいそうだから。
「あ、アオイくん、見て! 可愛いっ!!」
私がイルカの水槽前で張り付いてしまうと一緒に足を止めて食い入るように見てくれる。
「あの子? 可愛いね」
目の前を通り過ぎるイルカを目で追ってると、私と同じ動きしてるアオイくんも一緒に目に入ってきちゃって思わず笑顔になる。
良かった、アオイくんも楽しそう。
楽しいのが私だけだったら嫌だなって思ってたから、同じものを見て笑い合えるのがうれしい。
水槽の中を通るようなエスカレーターで上を見上げたら、遮るように私の視線にアオイくんが入ってきた。
「海音ちゃんの目の中に魚がいるっ」
目の前で微笑んだアオイくんでいっぱいになったと思ったら、急に一瞬だけ抱き寄せられた。
不意打ちのそれに私は火照ってるのにアオイくんは何食わぬ顔で、いや、頬が赤くなっている。
どうしたって照れちゃうんだけど、同じ温度な感じが嬉しくて握る手に少し力を込めたら、握り返してくれた。
「海音ちゃん、見て見て! ペンギン触れるんだって」
行こう、と手を引かれてアオイくんと笑顔で歩く幸せを、このままずっと噛みしめていたい。
アオイくんと一緒にいたい。
日が暮れ始めた頃、水族館に併設する遊園地で少しだけ遊ぶことにした。
夜景が見えるというカップルに人気の定番の観覧車に乗りたいとアオイくんが言い出したからだ。
何となく危ない予感がしたので断ったけれど、じゃあ、一回だけジャンケンしてオレが勝ったら乗って、と。
突然のジャンケン大会をはじめた私たち。
「海音ちゃん! もう一回、お願い!!」
「え~!? もう、やだよ」
結局アオイくんからの泣きの三回。
三回目でようやくジャンケンに勝ったアオイくんに、付き合うことになる。
私が危険を察知してるの気付いてくれたのか、隣には座らずにいてくていた。
真向かいの席に座ると時々微笑んで私を見つめる視線に妙にドキドキしてしまう、私が意識しすぎてるのかな。
観覧車が高みを目指して昇っていく最中。
「アオイくん。誕生日おめでとう」
「いいの? ありがとう、海音ちゃん」
先日、一人で探しに行ったのは、アオイくんに似合いそうな皮のブレスレット。
ライブの時につけたら、かっこいいんじゃないかなって。
誕生日プレゼントに包んだそれを手渡した。
早速ブレスレットを腕に巻き、似合う? と笑うアオイくん。
「アオイくん、似合う!! かっこいい!!」
何をしても何を着けても様になる人だもん。
拍手するとありがと、って照れたように微笑んだ。
「どうしよ、最高、今年のオレの誕生日!! 海音ちゃんにお祝いしてもらえるとか幸せでしかない」
アオイくんが嬉しそうなことがとっても嬉しくて。
「私も一年前には考えられなかったよ、その、……アオイくんと、こうして」
「こうして?」
「デ、デート、とか」
いつも私のこと想ってくれるアオイくんに何か言葉でお返ししたくて私なりに気持ちを最大級に現してみたんだけど。
言ってしまってから失敗した、と後悔。
照れる、照れて顔まともに見れないから何か言って誤魔化そうとして。
「新学期、アオイくんと同じクラスになれたらなあ、な、なんて」
もっと恥ずかしい言葉言っちゃって墓穴、このロマンティックな夜景のせいだ、全部!!
笑顔のアオイくんが私の座る方へと移動してきて一瞬グラッと揺れる感覚に首を竦めて、
「アオイくんっ、近いっ」
その近さに恥ずかしくなる。
「だって、知ってる? オレが海音ちゃんのこと、意識したのは入学式の日。あの掲示板の前だってこと。んで、同じバンドになって……めっちゃ嬉しくて」
あの時から……?
全然知らなかった。
だって、冗談だってばかり思っていたから、加瀬くんの相談も聞いてもらって……。
本当は、嫌だったのかもしれない。
ごめんね、アオイくん。
私、気づくの遅すぎて……。
「えっと……、この間のバレンタインのことも、今も。思い切りいいように勘違いしちゃっても、いいですか?」
「え?」
「海音も、俺のことが好きだって……、そう思ってもいい?」
小さく頷いた、私の頬にアオイくんの指先が触れる。
戸惑って俯こうとするのを妨害するようにコツンと額と額と合わせて覗き込まれて。
ダメならまだ間に合うよ、そんな間をくれているのに。
アオイくんの優しい目に見つめられたら胸の奥がキュンと音を立てて近づく唇の熱にそっと目を閉じて、受け止める。
「海音、好きだよ」
その声に目を開けると微笑むアオイくんがいる。
もう、迷ったりなんかしない。
私が恋をしたのは――。
「好きです、アオイくん」
アオイくんの背中に手を回しぎゅうっと抱きしめ返した。
――私が恋をしたのは――了
恋をしたのは 東 里胡 @azumarico
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