二十八話 神の石
「倉橋さん、あの」
「──幽霊が見えることですか?」
「──う、はい。倉橋さんからそういう話は聞いたことがなかったので……その」
千秋が暖かい茶を口に運びながら倉橋に視線を送る。彼の性格上、隠していたのは千秋のためなはずだ。それでも、やっぱり気になる。
「さて、どこから話したものでしょう……とりあえず、幽霊が見えるのは生まれつきです。小さい頃は制御ができず、人格崩壊の一途を辿りかけていたのですが……」
そこまで話し、倉橋は口を開くのを躊躇う。千秋が不思議そうに首を捻れば、千秋の隣で静かに話を聞くミツルギを一瞥し、その後、千秋がベルトに刺している刀に目をやる。
「──私に幽霊との付き合い方や霊力についての助言をくれたのは古い友人でしてね。その刀を引き継ぎ、守護を完遂していたのもその人です」
「──引き継ぎ……」
倉橋の言葉に千秋は目を見開く。この違和感に目を瞑れば、千秋はこれからも『不変』の中で生きていける。でも、それではダメなのだ。だから、きちんと考える。
──これは、両親の形見。つまり、倉橋に助言をしていた友人というのは──
「──流石に分かりますか」
「──はい、倉橋さんの友人って……」
「ええ、あなたのご両親です」
「────!」
瞬間、自分でもどうしてかは分からないが、心臓が止まるような錯覚に陥った。
随分と避けてきた、両親についての話。
その話をしたくないわけではなかった。知りたかったし、どんな人なのか、会ってみたかった。
ただ、その話をした後に、自分を襲うであろう喪失感と虚無感、もう会えないのだという絶望を思うと、千秋は無意識にそれを知らないようにしていた。
倉橋もそれを察した上で「知りたくなったらお話しますからいつでも言ってくださいね」と言ってくれていた。
だが、もうもはやそんな悠長なことは言わない。知ることはきっと、千秋にとっても大きなものを齎す。刀を手にした時から、そうしなければならないのだという感覚は、依然と胸にあったのだから。
「──聞いても、いいですか」
「もちろんです。ただ、ご両親とのお約束で、『普段のことならいくらでも話していい。ただ、祓い屋として動いている時のことは、妖から聞くこと』と」
「──妖から……?」
千秋が不思議そうに声を出す。両親が祓い屋だったというのも正直初耳で驚いているのだが。倉橋は意外とこういう抜けているところがある──なんて考えている場合では無い。
倉橋から話すことを両親が避けるのはなぜだ。人間視点より妖視点で話すことに意味があるのか。それとも、なにか別の意図が──。
「──うーん……」
「すみません、少し詰め込みすぎましたか? ゆっくり話しますから、少しづつ理解していただければ……」
倉橋が柔らかい笑みを浮かべ、千秋にそう声をかける。千秋は頭の悪い子では無いが、なまじ頭がいいせいで非現実的な事実に頭がパンクしてしまったのだろう。
それを見ていたミツルギは苛立ったような顔で舌を打ち、声を荒らげる。
「此奴をあまり甘やかすな! そうやって甘やかすからこんな何も出来ない凡骨になるのだ」
「酷くない?」
せっかく色々と考えていたのに、ミツルギの言葉ですっぽ抜けてしまった。全く酷い。
だが、落ち着いてみると、少しだけ考えが冴えてくる。
ミツルギのように妖特有の考え方を持つ者と関わることは、きっと両親にも良い影響を与えたのだろう。千秋だって、何体もの怪異と対峙して、その度に考え方が変わっていった。祓い屋だったという両親は、その比ではなかっただろう。
──両親が聡明な人だったなら、そうでなかった可能性も捨てきれないが。
「──あ、そうだ! 普段のふたりのことなら聞いてもいいんですよね! どんな人でした!?」
「──そうですねぇ……簡単に言えば、お父様は厳しいことを言う方でしたが、なんだかんだ優しい方でした。千秋くんはお母様似ですね。そっくりです」
その言葉に、千秋は胸の内に広がる暖かい感情に頬を緩める。思わず幼い頃のような話し方に寄ってしまう。
「そうなんだぁ……どういうところが似てるの?」
「優しいところと……妖に振り回されているところが」
「倉橋さん?」
千秋に慈しむような視線を向けて、倉橋は微笑む。千秋はからかわれたと思い頬を膨らすが、倉橋はそれすらも愛おしむように千秋を見つめる。喜びのあまり昔の話し方に戻るのも可愛らしい。
「冗談ですよ、半分は」
「半分はガチじゃないですかぁ!」
千秋がそう喚けば、倉橋は心底嬉しそうな笑みを浮かべる。そこには、過去を思う悲しげな思いも混じっており、千秋は、なんて言えばいいのか迷ってしまった。
「──え、っと」
「そうだ、私から話せることはそこまで多くありませんが……」
そう言い、倉橋は隣の部屋に何かを取りに行く。素早く戻ってきた彼の手には、木箱のようなものがあった。何の変哲もないものだが、中には何があるのだろう。
「──倉橋さん、それは……?」
「簡単に言えば、神力の込められた石です。普通の人間が触れば病や怪我などが治り、幸福を呼び込むとされています」
それだけ聞けば、すごくいいものだ。病に喘ぐ者、怪我に呻く者、不幸に泣き伏せる者──それらを石ひとつで救えるのだ。欲しがる人もさぞ多いだろう。
──ただ、倉橋の言い方から察するに、
「──幽霊が触ったら……」
「──はい。その力を手にすれば、霊力が肥大化する……この石を求める幽霊や怪異は少なくない。それを守っている妖怪はこの国にたくさんいます」
倉橋が箱を千秋に手渡す。思ったよりも軽いそれを受けとり、千秋はそれを開け、中の石を手に取る。不思議な色だった。何色とも言えない色──全ての色を内包したような色で、心の色を映し出されているような。
と、
「──光が……!?」
眩い光が石から放たれる。同時に、千秋の全身を駆け巡るように力が湧いてくる。
それは、刀と魂がリンクした時と同じくらいの劇的なものだ。刀を持った状態でこの石に触れていれば、どれほどの力が出るのか、その未知数な力に千秋は困惑する。
「その石を霊力のある人間が持てば、幽霊たちと同じように、莫大な霊力を宿すことが出来る。──ですが、これは博打です」
石が千秋の手から箱に戻れば、光は収まり、力は石へと戻っていく。不思議な感覚に千秋は驚き、木箱を床に置く。
倉橋はその木箱を手に取り、裏に貼られた札を見せる。
「霊力が高まれば、それだけ幽霊たちはあなたを喰らい、自らの血肉とすることを狙うでしょう。これを使うとするなら、本当に霊力が急速に必要になった時だけにしてください」
──一瞬だけでもわかる、この石の力。これだけの力をなんのリスクもなしに手にできるなら、そりゃあ幽霊はこぞってこの石を狙うことだろう。
千秋は険しい顔のまま頷き、木箱を受け取る。ミツルギはそれを覗き込み、興味ありげに見つめる。
「──分かりました」
「それともうひとつ」
倉橋が箱を指で指し、
「この石を示せば、あなたのご両親を好いていた妖たちは協力してくれるでしょう。その石を見せて──」
「──はい」
「──全国にいる妖たちから、あなたのご両親のお話と、あなたのご両親がやろうとしていたことを聞いてきてください」
友人の意志を、今度こそ遂行せんという決意を滲ませ、倉橋はレンズの奥の瞳を細めたのだった。
妖殺しの刀 @miyarineko
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