第3話 ターゲット


 扉の前に立った俺は深く息を吐き、心を落ち着かせる。そんな俺の様子を見て横の彼女は怪訝そう表情を浮かべるが、気にしない。準備は大切なのだ。不安とか勇気が出ないとかでは決してないのだ。

 わ、分かった、早く行くから耳元で源氏物語を詠唱するのはやめてくれ。光の君あんまり好きじゃないんだ。


 ...でも、やっぱりちょっとだけ時間が欲しいかなぁって。ほら、暑いしさ喉とか渇かない? 自販機でも...行かないですよね、はい。分かったから、人の手をメモ代わりに英単語を書くのはやめなさい。そんなことしてると友達いなくなっちゃうぞ。

 えっ? 友達なんていない? ...それはごめん。なになに、勉強の邪魔だったから去りなさいゴミ共って言ってたら誰も寄って来なくなった? 心配して損したわ。

 大丈夫。もう、行くよ。悔しいことに緊張も大分ほぐれたし。


「優木先輩、おはようございます」


 ようやく扉を開けた俺は部屋の中1人作業をする先輩に挨拶をした。


「あ! 京ちゃん、今日も来てくれたんだ。ありがとねぇ」


 すると、先輩も存在に気づいたようで動かしていたミシンを止め、ゆっくりと此方へと振り返って笑顔を見せた。今日も天使はそこにいたのだ。


「って今日は1人じゃないみたいだね」

「すいません、先輩。お邪魔してます」


 少し遅れて入ってきた千早さんを見つけた先輩が少し驚いた様子を見せると、千早さんはペコリと頭を下げた。良かった、案外普通だ。


「それで彼女は誰なのかなぁ? 京ちゃん、こんな可愛い子どこで捕まえてきたの?」

「いや、彼女は単なる知り合い——」

「いやいやいや、彼とは全くそういうのではないです、断じてないです。はい。全くの勘違いです」


 俺が説明をするよりも早く千早さんが早口でそんなことを捲し立てた。


「そっか、勘違いなんだ。ふふ」

「はい、ですです」


 しかし、先輩は千早さんの行動を見て言葉を額面通りには受け取らなかったらしく俺と千早さんを交互に見比べると、ニコニコと笑みを浮かべる。大変可愛らしいが今はそれどころではない、先輩の勘違いを正さなければ。

 そして、そんな中千早さんは上手くやったよと言わんばかりに俺に向かってグッと親指を立てていた。

 少しだけイラッとした。


「でもそっか。京ちゃんについに。いやぁ、なんか感慨深いね。あんなにちっちゃくて可愛かった京ちゃんが女の子を連れてくるようになるなんて」

「いや、本当に彼女とはなんでもないんです。あと、先輩と俺が出会ったの結構最近ですよね? 何の記憶ですか、それ」


 完全に勘違いしてからかってくる先輩に俺はなんとか説明を試みる。


「あり、本当に違うの? じゃあ、彼女とは一体どういう?」


 俺の真剣な表情を見て照れ隠しで言ってるわけではないことに気がついたらしい先輩は、今度は明らかに困惑の表情を浮かべていた。相変わらず表情豊かで楽しい人だ。


「だからただの知り合いですって」

「こんなに可愛いのに!?」

「はい」

「こんなにキュートなのに!?」

「石井くん、助けて。この人なんか怖い」


 俺の言葉に納得いかないと言わんばかりに千早さんの体をペタペタと触る優木先輩。そういや先輩、可愛いのに目がなかったな。


「...なんて羨ましい。妬ましいなぁ、妬ましいなぁ」

「いや嫉妬して鬼になってないで早く助けて頂戴。私は今かつてないほど身の危険を覚えている」


 くっ、この後に及んで自慢までしてくるとは。なんて嫌味な奴なんだ、千早 戦兎。


「あーもう私、石井くんの彼女ってことにしようかしら。自己防衛の為だししょうがない。しょうがないことよ、これは」

「任せろ、今絶対助ける!!」


 千早さんの懇願(脅し)を受けて俺はなんとか優木先輩を千早さんから引き剥がすのだった。


 *


「えっと、千早 戦兎せんとです。2年生です。石井くんとは知り合いです」

「せんちゃんね。よろしく。私は優木ゆうき 風変ふうか、3年生よ」


 先輩から少し距離を置こうとする千早さんと、逆にジリジリと距離を縮める先輩はそんな攻防を繰り広げながら握手をする。


「ところで京ちゃんとは本当にただの知り合いなの?」

「先輩、それについては何度も説明したじゃないですか」


 まだ疑っているらしい先輩に俺は慌ててそう牽制をする。


「しっ、京ちゃんは黙ってて。今私とせんちゃんはガールズトーク中なの。言わば陰口よ」

「先輩、使い方多分間違ってると思います」


 恐らく普段することがなさすぎて盛大に陰口の意味を勘違いしている先輩に俺はツッコミを入れる。多分、ナイショ話的なニュアンスで使ってるだろこの人。まぁ、そういうところがいいんだけど。


「いいですね、陰口。石井くんたら私のライバルなのに全然勉強しないんですよ、酷くないですか!? 私はただ潰し甲斐のある相手が欲しいだけなのに...」

「千早さんも千早さんで陰口を言うなら俺がいない時に言おうか? それもう陰口じゃなくてただの直接的な不満暴露だから」


 しかも、なんか色々と変だし。


「そっかそれは可哀想だね。京ちゃん、いくら好きだからって女の子をいじめちゃダメでしょ」

「先輩も先輩で騙されないでください? そいつの言ってることただの戦闘狂ですからね」


 しかし、ピュアな先輩はあっさりと懐柔されてしまったらしく千早の肩を担いでいた。


「あれ、というか石井くんの話だと知り合いって話なのにせんちゃんはライバルって...ははーん、やっぱりそういうことか」


 しまいには余計なことに気づきまた勘違いでキラキラと顔を輝かせる先輩。ふ、振り出しに戻った。いや、なんならマイナスかも。

 しかし、めい探偵と化した先輩がここでとどまることはなかった。


「そう言えばさっきから気になってたんだけどさぁ、石井くんの手にさあなんかメモしてあるよね。石井くんにしては珍しいなって思ってたんだけど、どうにも石井くんの字じゃなさそうだね?」


 なんとさっき俺が入るのを待っている時に千早さんが勝手に書いた文字をめざとく見つけてはニヤニヤと笑みを浮かべている。


「これはどういうことなのかね、ワトソン君」


 ありもしない帽子を手ではじくと俺へと笑みを浮かべたまま迫ってくる先輩。そして俺は咄嗟に手を後ろへと隠してしまった。そんなことをすれば先輩の好奇心を余計煽ることになるだけだと、簡単に想像つくはずなのに。


「さあ、もう観念して手を見せなさい」

「ええい、ままよ」


 隠すことを諦めた俺は自分から手を差し出した。どうせ千早さんが書いたのは英単語だ。それなら見せたところでどうということはあるまい。むしろ、隠す意味なんてハナからなかったのだ。...ところで千早さんは何の英単語を書いたんだ? 別に確認するほどのことでもないと思って見てはないが。


「ええっと、これは英単語? なんだってこんなものを...。とにかく読んでみるしかないね。servantっとこれって意味は確か...」


 下僕。


「えっと、その」

「...」


 意味に気づき気まずそうに俺と千早さんから目を逸らす先輩。なんと弁論すればいいか分からず、ダンマリを決め込むことしかできない俺。つづりを覚えようと真剣な顔で俺の手を覗き込む千早さん。まさに場は地獄の空気と化していた。


「私、お邪魔だったかな。いやー、まさか京ちゃんがそこまで進んでて、そんなハードな感じだったとはつゆほどにも思わず。じ、じゃあ、あとは若いお2人で!」

「誤解ですぅぅぅぅ」


 焦った様子で外へとかけていく先輩を止められず、俺はその場にへたり込むのだった。




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 次回「クビです」



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学年一の美少女が俺の恋を応援してくる タカ 536号機 @KATAIESUOKUOK

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