エピローグ:5年後のふたり



春の陽が差し込む、日曜の朝。


東京都内の小さな2LDKマンション。

キッチンには、目玉焼きとトーストの香ばしい香りが漂っていた。


「……ねえ、もうちょっと寝ててよかったのに」


「うーん……休みの日くらい、悠くんに甘えたかった」


寝ぼけまなこのまま、ソファに座りながら

奈央は俺――朝倉悠の着るTシャツを羽織って、欠伸をかみ殺していた。


(起きたばっかでも可愛いって、なんなんだろうな)


ついそんなことを思ってしまうのは、

俺たちが付き合って、もう5年が経ったからだ。


ふたりは、3年前から同棲を始めて――

そして昨年、入籍した。


「はい、コーヒー。今日、甘め?」


「ブラックで。最近少し大人になったんだから」


「言ったな、じゃあ午後は部屋の掃除と洗濯頼むぞ」


「……やっぱミルク入れて」


そう言いながら笑い合う朝。


恋人のときと、夫婦になった今と。

変わったこともあれば、まったく変わらないこともある。


***


午前中、ふたりで部屋の掃除をして、

午後は近所のスーパーへ買い出し。


歩きながら手をつなぐのも、もう当たり前のことになっていた。


「今日はハンバーグでいい? 合いびき、ちょっと多めに買うけど」


「いいけど、あのソースまた作ってよ」


「えー、あれ手間かかるのに」


「でも好きだろ? あの味」


「……うん、好き」


たったそれだけのやり取りが、

何よりあたたかくて、優しかった。


***


夜。

ごはんを食べて、片付けて、ソファで並んでTVを見ていたとき。


「ねえ」


「ん?」


「……そろそろ、子どもとかのこと、考える?」


唐突だったけれど、

でもどこか“自然”な言葉だった。


彼女は、照れくさそうに笑いながら、少しだけ不安げな表情を浮かべていた。


「……まだ怖いけど。

でもね、悠くんと一緒なら、

どんな未来でも歩けるって思ってる」


俺は、迷いなく彼女の手を握った。


「俺も。たぶん、不安はなくならないけど――

奈央と一緒に、“一歩ずつ”なら、歩けると思ってる」


「……うん。ありがと」


涙ぐんだ彼女の頬に、そっとキスをした。


きっとこの先も、

大きな夢も、つまずきも、笑いも涙も、全部ある。


でも――

君の隣が、定位置になるまでじゃなくて、

君の隣が、定位置になってからが、本当のスタートなのかもしれない。


その未来を、

ずっと、ふたりで。

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ただの同期だと思ってたのに、気づけば一緒に暮らしてた ナマケロ @Namakero12

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