第2話 コーヒーの約束

「え〜もう2人とも顔に出すぎやって〜!」


そう言ってまた笑う彼女は、少し酔っているのかテンションが高めだった。

けれど、その笑い方はどこまでも無邪気で――

私は、どんどん目が離せなくなっていた。


Hと3人で、ババ抜きをしながらわいわい騒いで。

お酒をちびちび飲みながら、冗談を言い合って、何でもないことに笑って。

彼女は話すたびに誰かを笑わせて、そのたびに私の心の糸が、少しずつほどけていった。


それと同時に、ふと気づいてしまったことがある。


彼女は酔っているように見えるけれど、どこか「演じている」ような節があった。

盛り上げ役を自然にこなしているけれど、まるで“明るくて面白い彼女”という仮面を、丁寧に被っているみたいで。


本当の彼女は、少し違うのかもしれない。


それでも私は、そんな彼女に惹かれていく。

そのままの彼女でも、演じている彼女でも、全部知りたいと思っていた。


私は酔いにまかせて、勇気を出してみた。


「……あのさ、LINE、交換してもいい?」


自分でもわかるくらい頬が熱くなった。

でも彼女は、変わらずにっこりと笑って「いいよー!」と即答してくれた。


たったそれだけのやりとりだったのに、世界がぱっと明るくなった気がした。


そこからの記憶は、ところどころ途切れている。

話したいことはまだあったけれど、彼女に予定があると聞いて、名残惜しいままにお開きになった。



次の日――


目が覚めてすぐ、私はスマホを手に取った。

まぶたが重く、頭はまだぼんやりしていたけれど、心だけは妙に落ち着かずにいた。


夢だったんじゃないか。

そう思いながらLINEを開くと、彼女の名前がしっかりと残っていた。


小さく息を吐く。


けれど、そこからが問題だった。


(変じゃないかな。押しつけがましいって思われたりしないかな……)


メッセージを書いては消して、また書いて、ようやく一通だけ送る。


「昨日はありがとう! 今日は仕事?」


数分後、既読がつく。

胸の鼓動が急に早くなって、スマホを持つ手に汗が滲んだ。


「こっちこそありがと!楽しかったな!」


その文面は、彼女らしくて、気さくな言葉だった。

だけど私は、優しいさなのか、その言葉の裏にある意味を探そうとしていた。


――私は知っていた。


彼女には、恋人がいる。


「あ、うん、彼女おるで」

昨日のトランプ中、彼女とHが雑談の中で何気なく口にしたその一言。

何気ないはずのその言葉が、胸の奥を小さく突き刺した。


それでも、それが引き下がる理由にはならなかった。


(確か、コーヒーが好きだって話してた……)


我ながら安直すぎると思いつつ、でもどうしてももう一度会いたくて、メッセージを打った。


「もしよかったら今度カフェでもどう?」


しばらく既読がつかず、不安がじわじわと広がっていく。

胸の中で「ダメだったかも」という声が大きくなりかけた、そのとき――


「いいよ〜!予定合わせよ〜!」


その一言が、私の中のすべてをあたためた。


恋じゃなくてもいい。

それでも、また会いたい。

もっと知りたいと思ってしまった。

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好きになってしまう私が嫌い きりんくま @kirin-kuma

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