裸の王様
池田ケン
パラノイア
僕は静かに死に向かっている。確信は無い。
だが予感のような。絶望に似た何かがが頭をよぎるのだ。
そんな。仄暗い。漆黒の失意の底に僕はいた。
「....」
静かな部屋。勉強机、押し入れ、敷きっぱなしの布団。何も音を出していない。うるさいのは僕の心臓だけ。ドクドク。もう10時間はこの状態だ。意識を飛ばしてしまえたら楽だろうに。
時刻は朝の9:30分。滑り止め私立大学の合格発表30分前だ。僕は既に5個の大学入試に落ちていた。前期日程は全て落ちた。受けるつもりは無い、程度が低いと思っていた大学を受ける。それはあまりにも屈辱だ。
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「修くんはものすごく頭が良いわね!きっと国を支える科学者になるわ!」
そんな事をお母さんに昔言われた。とても嬉しかった。頑張って。頑張って。学年では1番をキープしていた。
「修輔って本当に賢いな...東大でも行くのか?」
「いやあ。僕はこの人の元で学びたいと想える教授がいる大学に行きたいかな。それが東大なら嬉しいけど笑」
その内、尊敬出来る教授と出会った。
水素発電で世界を救う。そんなことを聞いたからだった気がする。
僕は高校生の身でありながら、その教授の講演にできる限り参加した。大学まで行って分からないことがあれば質問出来る。そんな仲にまでなれた。
「修輔くん。君も中々筋が良い。どうだ。私の推薦で私の大学で一緒に研究しないか?」
心臓が裏返るほど嬉しかった。
「...!ありがとうございます!しかし。実力て入ってこそ吉田教授の下で働けるというもの。どうか実力で試させてください!」
「ふむ。君のレベルなら心配は無いだろう。しかし。万が一があった時は連絡しなさい」
「ありがとうございます!」
順調だった。カッコつけて。過信して。出願も1つしか出さず。僕は落ちた。
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「修ちゃん〜!どうだった!」
「.....」
何か。何か返答しないといけない。時計の音だけがやけに響く自室で。不合格を告げるスマホノ画面の前で。まわらない頭で考えていた。
「...ッあ。」
舌がまわらない。当然だ。カセットテープには何も刻まれていない。そんな中。反射的に答えてしまった。
「う、受かったよ。」
「あら!修ちゃんなら当然だね!」
世界が遠のいていく。ふわふわ。思考が。まとまらない。
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あれから僕は転がり落ちるように入試に落ち続けた。僕は受かるものだと。そう決めつけていたから。僕は他の大学に出願していなかった。落ちてから調べて、良いなと思っていた大学は出願期限が過ぎていた。
それでも、お母さんに受かったと言ってしまった以上。何とかして何処でも良いので受からないとダメだった。
「ふう。」
思わずため息をつく。そうだ。別に落ちても大丈夫。最悪教授に電話すれば。助けてくれる。
「....」
自己嫌悪。自分を殺してしまいたくなる。
それをすると。僕は自信を持って生きて行けない。社会から必要とされていないと。認識しながら生きるのはあまりにも辛い。ゆっくりと死んでいく。生きながら。振り切れない黒いモヤを抱えながら。
「.....」
微睡みながら、うとうと。時計が時を刻む音が気持ち良い。
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ
...そこで僕は。意識が飛んでいたことに気づいた。
「いつのまに」
慌てて時計を確認する?
気付くと時刻は9:58分だった。
「えっ!?」
意識が飛んでいた。あまりに幸福な時間。しかし今はそれどころでは無い。心臓がパンク寸前まで膨張し、手足まで血が行き届く感覚を覚える。
「ハァッ...ハァッ...!」
時は進んでいく。容赦なく。機械的に。
9:59 00
9:59 02
カチッ、カチッ、カチッ
心臓が暴走する。
9:59 08
9:59 20
加速する。加速する。時が加速しているのに世界は止まっている。動け。動け。
9:59 49
9:59 53
「.....」
10:00
僕は目にも止まらぬ速度で合否サイトにアクセスする。お願いします。僕に、肯定感をください。この世界にいても良いんだと。誰か僕を認めてください。
「頼む」
【分かっているのに?】
手の震えが止まらない。それでも前に進む
「...」
進み。ページを開く。
不合格だった。
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ただ、立ち尽くす。でも驚きはなかった。
「...とりあえず、電話するか。」
ただ。冷静に判断する。何も居場所が無くなったわけではない。教授に電話すれば。大丈夫なはずだ。
「ええっと...」
自分でも不思議に感じる。電話帳から教授の電話番号を見つけ、かける。あまりにスムーズで、恐ろしい。
プルルルルルル
「....」
どうか頼む。今。返事が欲しい。折り返しは心がおかしくなる。
プルルルルルル、ガチャ
「はい。修輔くん。どうした?」
教授は思いのほか早く出てくれた。
「教授。あ、あの。あ。」
言葉が出ない。心臓が高鳴る。
「どうした?合格時の書類提出に遅れたか?あれは1週間以内だからな...」
「そ、その。あ、ああ。」
「教授。落ちてしまいました。不合格です。」
「....」
沈黙がつづき、ついてないはずのため息を幻聴する。
「そうか。君なら余裕だと思っていたんだがな。」
「......」
「⬛︎あ。受験は相性もある⬛︎君の実力は私がよく知っている。今週中に大学に来なさい⬛︎取り計ろう。」
「はい。」
電話が切れた。
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僕は果たして悪いのだろうか。人間の本質は勉強じゃないのに...
「....」
勉強は無駄だ。研究だけをしていたい。俺はなんでこんな無駄な時間を。
「「おい!プール遅れんぞ!」」
外でガキが騒いでいる。うるさい。殺してしまおうか。
「無駄な人間が多すぎる。俺は。正しいのに」
【君も無駄な人間なのに?】
「....」
【君のこと。みんな笑ってる。滑稽だよね。友達にすら。母親にすら。教授にすら】
「僕は。誰にも認められてない。居場所も。」
壁が笑う。最近の壁はよくモテるらしい。遺産相続にちょうどよいだとか。
【でも。君が本当に悪いの?】
「....」
【あなたを産んだお母さんが悪いんじゃない?この世に産まれなければ。こんな苦しむこともなかった。】
「そうだ。僕は産めとなんて頼んでいない。僕はエゴで産まれて。愛してくれなくて。捨てられて。」
【教授だって。あなたのこと笑ってたのよ。落ちるとわかってて受けさせて。】
「そうだったのか。」
僕は。産まれてから勉強しか与えられず。壮絶な社会実験のモルモットにされていた。どう。絶望し。どう行動を取るのか。今ミラー越しにお金持ちが笑っている。
【どうするの?】
「正さなきゃ。」
【そうだよね。君は正しいから。みんなに見捨てられてるんだ。ほら。踊って?世界を。変えよ?】
僕は立ち上がる。包丁はない。でもハサミで十分だ。
「これ。」
そのハサミを見て思い出す。これは母親に買ってもらった。戦隊モノのロゴが入った。
「うう。頭が。痛い」
ズキンズキン。わがまま言って買ってもらった。
「修ちゃんの味方だからね!」
いつか。母親が抱きしめてくれた記憶がフラッシュバックする。暖かい。人工の花の匂いがする。
【それは本当の記憶?】
「え?」
【そう思い込みたいだけかも。じゃあなんで今あなたを助けてくれないの?】
「....」
【抱きしめるなんて誰でも出来るよ。あなたは正しいんじゃないの?】
「そうだ。世界を変えなくちゃ。偽物はいらない」
立ち上がる。剣を握りしめ。震える手を止めない。
「復讐するんだ。僕は正しい」
するとリビングから声が聞こえた。
「修ちゃ〜ん!お昼ご飯出来たわよ!」
「....」
僕は歩く。あの敵を倒さないと。僕を騙してきた。
【行きましょう!あなたは勇者よ!】
「今日は修ちゃんの好きなカツ丼よ!ガリガリ君も買ってるから後で一緒に食べ」
僕は一思いに胸にハサミを突き刺す。ドクンドクン。
「....え?」
お母さんは何が起きたか理解出来ていない。
「ハァッ、ハァッ」
深く刺した。ハサミとはいえ男の力だと簡単だ。
「....」
「修ちゃん...な゛んで...」
深く突き刺したからか。絶名ははやかった。
僕は涙を流す母親か力尽きるのを最後まで見守る。
【やった!世界を救えた!】
「あとは。僕が天使にならなくちゃ」
台所にある包丁を手に取る。
「みんな。待ってて。今助けるから。」
僕はお腹に一気に包丁を!
裸の王様 池田ケン @HHH01
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