君は恋人じゃない、でも――僕の全部だった

ナマケロ

〇〇〇

☆登場人物(設定)

・真中 陽翔(まなか はると)

地味で目立たないオタク男子。

アニメ・ゲーム・イラストが趣味。

人付き合いが苦手だが、やさしさと誠実さを内に秘めている。

莉央との関係を通して、少しずつ「恋」を知っていく。


・香月 莉央(かづき りお)

派手な見た目のギャル系女子。

自由奔放に見えるが、実は心に深い寂しさを抱えている。

「恋人はいらない」と言っていたが、陽翔との時間に心をほどかれていく。

見た目と違い、とても繊細でまっすぐな性格。



───────────────────────────────────────────────────────────



クラスでの俺のポジションは、いわゆる「その他」だった。


真中 陽翔(まなか はると)、高校2年。

地味で目立たない、アニメとゲームとラノベが生きがいのオタク男子。

教室のすみっこでスマホをいじってるか、スケッチブックにキャラを描いてるか、そんな毎日。


誰かと深く関わるのが怖かった。

バカにされたくないし、どうせ合わないし、笑われるだけだってわかってたから。


――そんな俺の世界に、突然現れた。


「ねえ、真中くんってエロゲやる人?」


昼休み、教室の窓際。

金髪、ピアス、制服のスカート短め、リップもカラコンもばっちり決まったギャル――**香月 莉央(かづき りお)**が、俺の机に肘をついて覗き込んできた。


「……は?」


「いや、机の上にその、“月のない夜に抱かれて”ってやつ、攻略本置いてたじゃん。あれ、エロゲだよね?」


俺は慌ててスケッチブックで本を隠す。


「ちょ、見んなよ……!」


「わ、ごめんごめん、でも懐かしー! アタシも中学んときめっちゃやってたそれ! ルナ√がいちばん泣けた」


(……なにこの人)


と、俺は本気で思った。


ギャルって、こっちの世界と一番縁のない人種だろ。

なのに、目の前の彼女は、俺の一番ディープな部分にずかずか入ってくる。


「てかさ、真中くん、見た目だけじゃわかんないんだね。こういうの好きなら、もっと早く話しかけとけばよかった」


莉央はそんなことをさらっと言って、隣の席の椅子を勝手に引いて座った。


「……なんで、俺に話しかけたの?」


「んー? なんとなく。暇だったし。あと、ちょっとだけ興味あった」


「興味?」


「オタクな人って、ギャル嫌いでしょ?」


「……べつに、嫌いじゃない」


「ふーん……じゃ、よかった」


そう言って笑った顔は、少しだけ寂しそうだった。


***


それから、俺と莉央は、昼休みにちょこちょこ話すようになった。

内容は、9割エロゲとアニメとラノベ。残り1割はくだらない雑談。


「そうそう、真中くんの絵、超うまいよね。てかプロになれるんじゃない?」


「ならないよ。あくまで趣味」


「でも、こういうの好きで描いてるって、なんかいいよね。アタシもさ、周りに合わせてばっかだから」


「……ギャルなのに?」


「ギャルだからだよ。ギャルって、いつも“こうあるべき”って雰囲気あるじゃん。

盛って、笑って、ノって、群れて……でも、ホントのとこは、けっこうみんなバラバラだし」


俺は、彼女のその言葉にちょっと驚いた。


見た目の派手さと違って、中身はすごく、ちゃんと“人間”だった。


***


ある日、誰もいない放課後の美術室。


莉央が突然、俺の服の袖を引いて、耳元で言った。


「ねぇ……ヒマな日って、ある?」


「え?」


「いや、なんかさ。彼女とかいないんでしょ?」


「……いないけど」


「じゃあさ……うん、“そーいう関係”って、アリ?」


一瞬、意味がわからなかった。


でも、莉央の目は本気だった。


「付き合うとかじゃなくていい。ただ、たまに。気が向いたとき。

アタシ、恋愛とか重いの無理だけど……そういうのは、別に嫌じゃないし」


喉が、カラカラに乾いた。


「……なんで、俺なんか?」


「うーん、たぶん。あんたの目が、やさしかったから」


――そうして始まった関係は、名前のないまま始まり、曖昧なまま続いた。



───────────────────────────────────────────────────────────



俺と莉央は、誰にも言えない関係になった。


付き合ってるわけじゃない。

でも、彼女は放課後になると「今日、行っていい?」とだけLINEしてくる。

そして俺の部屋に来て、何も聞かず、何も言わず、布団に入ってくる。


最初の数回は正直、頭が真っ白だった。

莉央は慣れてるような仕草をしてたけど、時々すごく遠くを見てるような目をしていた。


彼女は、俺に恋人としての愛情を求めてるわけじゃない。

ただ、肌のぬくもりで、なにかを誤魔化してるようだった。


俺はそんな彼女に何も聞けないまま、ただ受け入れていた。


***


ある夜。

何度目かの“そういう関係”のあと、彼女は隣で煙草を吸うような仕草をした(もちろん本物じゃない、指だけのふり)。


「ねえ、真中くんさ」


「ん」


「こういうの、どう思ってんの?」


「……どう、って?」


「気持ち悪いとかさ、軽蔑するとか。

“ギャル=ゆるい”って思ってんじゃない?」


「そんなふうに、思ったことない」


「……やさしいんだね、やっぱ」


「違う。莉央が“やさしくしてほしい人”に見えるから、そうしてるだけ」


彼女は一瞬黙って、それから布団の中でくすっと笑った。


「ねえ、そういうとこ、ずるいんだよ。真中くん」


「……ずるい?」


「うん。ちゃんと好きになりたくなっちゃうくらい、やさしい」


冗談混じりの声。

でも、俺は心臓をつかまれたような感覚がした。


(“ちゃんと好きになりたくなる”って――)


それは、俺が彼女に抱いてる気持ちと、まったく同じだったから。


***


週明けの教室。

いつものように、莉央は俺に話しかけなかった。


人前では、俺たちはただのクラスメイトだ。

何もなかったような顔で、ギャル友と笑い合ってる莉央を見るのは、少しだけ胸が痛かった。


(でも、それでいい。俺たちの関係は、名前のないものなんだから)


そう言い聞かせた。

本気になるのは、たぶん、間違いだ。

彼女は「付き合うとか無理」って最初に言っていた。

俺はそれをわかっていて、この関係を選んだ。


だから、これは――自己責任。


……そう思ってた。


***


ある金曜の夜。

莉央は、いつもより静かだった。


「なんかさ」


「うん?」


「……アタシって、ほんと、何やってんだろうね」


「……」


「真中くんみたいな人、傷つけたくないのに。

でも、一人で寝るのがやっぱ寂しくて……

こういうのって、ダメだよね」


そう言った彼女は、いつもよりずっと弱く見えた。


俺は言葉を選びながら、ゆっくりと返した。


「俺は……今、莉央と一緒にいること、嫌だと思ったことない。

でも、莉央がつらいなら、この関係は終わりにした方がいいかもしれない」


「……やさしいね、やっぱ」


彼女はそう言って、静かに目を閉じた。


その夜、俺たちは何もしなかった。

ただ、黙って隣で眠った。


手も、繋がなかった。


けれど――

たぶん、あの夜がいちばん、近くにいた。



──────────────────────────────────────────────────────────



「真中くんって、好きな人とか、いるの?」


そんな唐突なことを聞かれたのは、いつものように莉央が俺の部屋に来て、ゲームをしていた夜だった。


「……今さら?」


「んー。なんとなく、確認したくなった。

たとえば、アタシとは、そういう“好き”じゃないとか」


俺はコントローラーを握ったまま、しばらく黙ってしまった。


「……好きだよ」


「……え?」


「たぶん。いや、きっと、俺は莉央のことが好きなんだと思う。

でも、これは“恋人”としての好きじゃないのかもしれないし、俺自身にもよくわからない。

けど、一緒にいると落ち着くし、いなくなると寂しい。

それって、“好き”なんじゃないのかなって」


莉央は、テレビ画面から目を逸らして、俺を見つめていた。

どこか、泣きそうなような、笑いそうなような顔。


「……アタシも、たぶんそう。

真中くんの隣、居心地よくてさ。

だけど“彼氏”とか、“恋人”って言葉になると、なんか急に怖くなるんだよね」


「わかるよ。俺も、同じ気持ちだったから」


「そっか……」


ふたりの間に流れる空気が、やけに静かで、ぬるくて、心地よかった。


「ねえ、じゃあさ。

“仮”でいいから、恋人になってみない?」


莉央が、ぽつりとそう言った。


「仮?」


「うん。いきなり本気にならなくていいから、

“もしも付き合ってたら”みたいな感じで、ちょっとだけやってみようよ」


「……面白いな、それ」


「でしょ? その方が、お互い変に緊張しなくて済むでしょ」


「わかった。“仮”なら、試してみたい」


「よし、じゃあ今日から“仮カノ”ね。よろしく♡」


莉央はそう言って、笑って俺の肩に頭を預けてきた。


手を繋いだ。

それだけなのに、たまらなくドキドキした。


恋人じゃない、でも。

確かに、俺たちは“なにか”になっていた。


***


数日後。

学校の廊下で、莉央が小さな声で言った。


「今日、会えないかも」


「……なんで?」


「ちょっとね、家のことで。……ってか、会いたいって思ってくれるの?、なんか、嬉しい」


「じゃあ、無理しないで。

会いたいけど、莉央が一番大事だから」


「……真中くんって、ほんとずるい」


彼女はくすっと笑ったあと、背伸びをして耳元で小さく囁いた。


「また、すぐ会おうね。“仮”でも、“本物”でも」



───────────────────────────────────────────────────────────



ある日、いつものように彼女からの「今日会える?」のLINEが来なかった。


既読もつかない。

昼も夜も。

メッセージは返ってこないままだった。


(……なにか、あった?)


心がざわついて仕方がなかった。


次の日も、莉央は学校に来なかった。

風邪でもひいたのかと思って、彼女のインスタを開いてみる。

……が、そこには彼女の姿が――別の誰かのアカウントに、載っていた。


男と並んで、笑顔でピースしている写真。

カラオケルームで、寄り添うように。


(ああ……そうか)


そう思った瞬間、胸が、ぎゅっと痛くなった。


(俺は、“仮”の恋人だったんだ)


彼女は最初から、軽くて、自由で、縛られない人間だった。

それをわかってて、受け入れたはずなのに。

いざ、こうして突きつけられると、体の奥から何かが崩れる音がした。


(やっぱり、俺は恋人になんてなれてなかった)


***


それから数日、俺は彼女からの連絡をすべて無視した。


「ねえ、大丈夫?」

「返信もらえないと、さすがにちょっと不安なんだけど」

「何か怒ってるなら、ちゃんと言ってよ」


何通も、メッセージが届いた。

だけど、俺は開けなかった。


(嫌だった。嫉妬した。悔しかった)

(でも――それを伝える資格が、自分にあるのか、わからなかった)


***


一週間後、下校中の昇降口で、莉央が立っていた。


「……やっと捕まえた」


その声は、いつもより少しだけ震えていた。


「無視、してたよね」


「……ごめん」


「なんで? ねえ、ちゃんと話して。

アタシ、真中くんに嫌われるの、たぶんすごく……つらい」


俺は、彼女の瞳を正面から見た。


「莉央、あの写真……カラオケ、男と一緒にいたやつ、あれは?」


「……あぁ。あれ、いとこ。誕生日だったから、久々に会って遊んだだけ。

ストーリーに勝手にタグ付けされてて、自分でもあとで気づいた。

ほんとは、あんなの真中くんに見られたくなかった」


「そっか……そうなんだ」


「……ねえ、泣きそうだった?」


「……ちょっと、泣いた」


莉央は、口を噤んだあと、ぽつりとつぶやいた。


「アタシ、初めてだった。

“仮の恋人”が消えるのが、こんなに苦しいって思ったの」


「俺は、“仮”のままでいたくなかったんだ。

ちゃんと、莉央を本気で好きになってた」


「アタシも。……ううん、本当は、ずっと前からそうだった。

でも、こわかった。

また誰かをちゃんと好きになって、また捨てられるのが」


彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちた。


俺はその手を、そっと握った。


「俺は、捨てない。

“仮”じゃなくて、“本当”になってほしい。

俺の彼女に、なってください」


しばらくの沈黙のあと――

彼女は、はにかむように笑った。


「……やっと言ってくれたね。

はい、よろこんで」


その言葉が、風よりもやさしく、心に染みこんだ。



───────────────────────────────────────────────────────────



土曜日の昼。

俺たちは、はじめて“デート”をした。


「なんか、変な感じするよね」


「うん、“ちゃんと付き合ってる”って思うと、緊張する」


莉央は、ベージュのカーディガンにデニムのショートパンツ。

ギャルらしいラフな格好なのに、なぜか今日は大人っぽく見えた。


「緊張してる真中くん、かわいー」


「やめろって」


「……でも、アタシも緊張してるよ」


そう言って笑った顔は、あの頃の“セフレ”だった彼女じゃなかった。


今、俺の隣にいるのは――

“彼女”として笑ってくれる、香月莉央だった。


***


映画館、カフェ、公園。


なんてことないプランだったけど、全部が新鮮だった。


手をつないで歩いた。

何気ない話をした。

ときどき無言になって、それでも苦じゃなかった。


夜になって、俺の部屋。


ベッドに並んで、彼女がぽつりとつぶやいた。


「……アタシさ、今まで“愛される”って感覚、知らなかったかも」


「え?」


「身体だけ求められるのが普通だと思ってた。

でも、真中くんはちがった。

泣きそうなとき、何も言わずに背中をさすってくれたよね。

“それが好きだよ”って言ってくれたの、今でもちゃんと覚えてる」


「莉央……」


「ありがと。

アタシ、真中くんに出会えてよかった。

“彼女になれて”よかったって、本気で思ってる」


俺は答えた。


「俺も。

“仮”だった時間があるからこそ、今の莉央の全部を、好きになれた」


そう言って、初めて、自分から彼女にキスをした。


唇を離したあと、彼女がそっと目を細めた。


「……なんか、すごく幸せだね」


「うん。

“恋人になれた日”って、きっとずっと忘れないと思う」


夜風が窓を揺らしていた。

でも、布団の中のぬくもりは、ちゃんと愛の形をしていた。


もう“仮”じゃない。

もう“曖昧”じゃない。


ようやく手にした、本物の関係。

不器用で、遠回りで、それでも愛しい恋のはじまり。




後日、莉央がSNSでこんなポストをしていた。


「この前まで、仮の恋人でした。

今は、ちゃんと“彼氏”って言える人がいます。

愛されるって、あったかい。

好きって、すごい。

こんな私でも、誰かの“本気”になれるんだって、初めて思った。」


その下には、俺が描いた“彼女の似顔絵”が載っていた。


髪をかきあげて、照れくさそうに笑うギャル。


――俺の恋人。





TheEND




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君は恋人じゃない、でも――僕の全部だった ナマケロ @Namakero12

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