第21話 音のない鐘
——あの店には、音のない鐘がある。
誰が最初にそう言ったのかは、もう思い出せない。
けれどその話を聞いた者は、決まって「それは本当だ」と言った。
主人公はその日も、ゆっくりと店の奥を歩いていた。
棚の隙間に指をすべらせながら、ふと、ひとつの引き出しがわずかに開いているのに気づく。
「ユウ、この引き出し、いつ開いた?」
「さあ。誰かが“何か”を思い出しかけたのかもね」
ユウは棚の上で丸くなりながら、片目だけ開けて答える。
引き出しの中には、小さな鈴が入っていた。
古びた真鍮の鈴。けれど、振っても音が鳴らない。
「これが、“音のない鐘”……?」
触れた瞬間、ふと、店の空気が変わった。
風が止まったわけでも、音が消えたわけでもない。
ただ、なにかが「届いたような気配」だけが、主人公の肩を撫でていく。
——鈴の表面には、かすかに文字が刻まれていた。
『わたしの声は、もう届かないけれど
あなたの静けさに、いまも響いています』
「……声が、音じゃなくて、“気配”になることってあるのかな」
主人公がつぶやくと、ユウは目を細めた。
「あるとも。きっとね。
音は耳で聞くものだけど、“想い”は、心で鳴るんだよ」
そのとき、店の奥から、かすかに風が流れてきた。
ひとひらの紙が、ふわりと舞い降りる。
手に取ると、それは小さな手紙だった。
『ありがとう』と、ただ一言だけ。
差出人も、宛名もないその手紙は、
まるでさっきの鈴の答えのようだった。
——音のない鐘が、
今日もまた、誰かの“ありがとう”を連れてきたのかもしれない。
静かだけれど、確かに届くものがある。
そう信じたくなるような、ひとときだった。
つづく。
薄暮堂(はくぼどう) Y.K @ykkk4
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