薬師見習いの決意

代引

薬師見習いの決意

 私の名前はエマ。この村で薬師ミラさんの弟子をしている、16歳です。

 

 朝一番に薬草園に水をやるのが、私の毎日の仕事。今日も薬草瓶に水生成の呪文をつぶやいて、きれいな水を作り出します。

 

 この第一階位の呪文なら、もう完璧。でも、それ以外の魔法は……まだまだです。ミラさんの治癒魔法の呪文、何回聞いても素敵だなあって思うんです。でもこっそり真似して練習してみても全然うまくいかなくて。

 

「エマちゃん、今日もお疲れさま」

 

 薬草園での作業を終えて薬師の家に戻ると、ミラさんが温かく迎えてくれました。いつものように、お疲れさまって言ってくれる優しい声。私、この人に弟子にしてもらえて本当に幸せです。

 

 でも、今日はなんだか様子が違います。ミラさんの顔色が少し悪くて、額に汗が浮かんでいるみたい。

 

「ミラさん、大丈夫ですか? 顔色が……」

 

「ちょっと熱っぽくて。たぶん風邪よ、心配いらないわ」

 

 そう言いながらも、ミラさんの足取りはふらつているし、声も普段より弱々しい。これは絶対に風邪なんかじゃない。もっと深刻な何かです。

 

 案の定、夕方になると、ミラさんは倒れてしまいました。

 

「ミラさん! ミラさん、しっかりして!」

 

 なんとかベッドに運んで必死に呼びかけましたが、ミラさんは意識がもうろうとしています。ひたいを触るととても熱くて、このままじゃ危険です。

 

 私、どうしよう。

 

 この村では、病気や大きなけがを治せるのはミラさんだけ。でも、そのミラさんが倒れてしまった。村の人たちもみんなミラさんに頼りきりで、誰も治療の方法なんて知らないはず。今から村長さんにお願いして街の治癒師さんに来てもらうには、十日はかかってしまう……。

 

 あとは……私が何とかするしか……。

 

 でも、私なんて見習いです。第一階位の簡単な魔法しか使えない。第二階位魔法はまだ教えてもらってないし、こっそり練習したことはあるけれど、一度も成功したことがないんです。

 

「私には無理です、そんなの絶対に無理……」

 

 でも、ミラさんは私を拾ってくれて、家族みたいに大切にしてくれて、薬師という誇りある仕事を教えてくれた。私にとって、お母さんみたいな人なんです。

 

 それに、村の人たちだって困ってしまう。明日にでも鍛冶屋のハンスさんのリンちゃんが熱を出したら? 村長さんちのトッシュくんがお腹を痛がったら? ミラさんが元気にならなければ、みんなが困ってしまいます。

 

 私が、やらなければ。

 

 震える手でミラさんの魔法書を開きます。治癒魔法の章、第二階位「歌う水」のページ。何度も読んだページです。理論はなんとなく理解できるけれど、まただめかもしれない。

 

 でも、やってみるしかありません。

 

 魔法書を入念に読み返すこと三回。「歌う水」の理論は、なんとなく頭に入りました。

 

 水の魔法を基盤にして、それに治癒の力を込める。「歌う水」という表現が美しくて、きっと水に優しい気持ちを込めるのが大切なんだと思います。でも、英語の意味は相変わらず分からなくて。

 

「私にできるかな……」

 

 ミラさんの枕元で、小さく呟いてみます。

 

「****** *** ******* ******」

 

 でも、何も起こりません。光も出ないし、治癒の気配も感じられない。今までの独学練習と同じ……やっぱり音だけ真似してもダメなのかな。

 

 もう一度。今度はもっと気持ちを込めて。

 

「****** *** ******* ******!」

 

 今度は少しだけ、ほんの少しだけ光が出ました。でも、すぐに消えてしまって、ミラさんの熱は下がりません。

 

 何がいけないんだろう。魔法書には、「心を込めて詠唱すること」って書いてあるけれど、心を込めるって具体的にはどういうことなんでしょう?

 

 ミラさんがこの魔法を使うときのことを思い出してみます。あの人は、いつもとても優しい表情で、まるで本当に水が歌っているみたいに呪文を唱えていました。そして、治療を受ける人を見つめる目は、とても温かくて……

 

 あ、そうか。

 

 ミラさんは、治療する相手のことを本当に大切に思って魔法を使っていたんです。ただ呪文を唱えるんじゃなくて、「この人を助けたい」という気持ちを込めて。

 

 私も、ミラさんのことを本当に大切に思ってる。この人が元気になってほしいって、心の底から願ってる。その気持ちを、呪文に込めてみよう。

 

 三度目の挑戦。

 

 今度は、ミラさんへの感謝の気持ちを思い浮かべながら。この人に教えてもらったたくさんのこと、優しくしてもらったこと、家族みたいに愛してくれたこと。そして、元気になって、また一緒に薬草園で働いてほしいという願いを込めて。

 

「****** *** ******* ******……」

 

 あ、今度は光が少し長く続きました。でも、まだまだ弱くて、ミラさんの熱を下げるほどの力はありません。

 

 もう何回やったか分からないけれど、私は諦めません。ミラさんを助けるまで、絶対に諦めない。

 

 四度目の挑戦。

 

 今度は、目を閉じてミラさんのことだけを考えます。この人がいつも私にかけてくれた優しい言葉。薬草の扱い方を教えてくれた時の手の温かさ。一緒に過ごした穏やかな日々。そして何より、この人がいなくなったら、私はどれほど悲しいか。

 

「絶対に助ける。ミラさんを失いたくない」

 

 その想いを込めて、呪文を唱えます。

 

「****** *** ******* ******……」

 

 今度は違いました。

 

 私の手から、美しい青い光が溢れ出して、まるで本当に水が歌っているみたいな、優しい音が響きました。その光はミラさんを包み込んで、頬に赤みが戻り、荒い呼吸が穏やかになっていきます。

 

 やった……やったよ、ミラさん。

 

 涙が止まりません。嬉しくて、嬉しくて。

 

 翌朝、ミラさんが目を覚ましました。

 

「エマちゃん……? 私、倒れてたのね。でも、もう大丈夫みたい」

 

「ミラさん! 良かった、本当に良かったです」

 

「もしかして……まさか、エマちゃんが?」

 

 私、頷きました。昨夜のことを全部お話しします。第二階位の魔法に挑戦したことも、何度も失敗したことも、最後に成功したことも。

 

 ミラさんの表情が、少し複雑になりました。

 

「エマちゃん……第二階位の魔法は、まだ教えていなかったわよね?」

 

「はい……すみません、魔法書をこっそり読んで、勝手に練習していました」

 

「あのね、エマちゃん」ミラさんは優しく、でも真剣な声で言いました。「第二階位の魔法は確かに便利だけれど、まだ基礎ができていない人が使うと危険なの。魔法暴走が起きて、術者も患者も傷つく可能性があるのよ」

 

 私の顔が青ざめました。そんな危険があったなんて。

 

「でも」ミラさんは微笑みました。「結果的に成功したのは、エマちゃんの心が正しい場所にあったからね。人を助けたいという純粋な気持ちが、魔法を安定させたのよ。それでも、今度からはちゃんと段階を踏んで学びましょうね」

 

 その言葉を聞いて、私の心に新しい決意が生まれました。

 

 私、もっと強くなりたい。ミラさんみたいに、村のみんなを守れる薬師になりたい。誰かが困っているときに、迷わず助けられる人になりたい。

 

「ミラさん、私、もっと勉強します。第二階位も、第三階位の魔法も覚えて、いつかミラさんみたいに立派な薬師になります」

 

「ええ、きっとなれるわ。だって、エマちゃんには一番大切なものがあるもの」

 

「一番大切なもの?」

 

「人を思いやる心よ。技術はあとから身につけられるけれど、その心は伝えることが難しいの。エマちゃんは、立派な薬師になれるわ」

 

 ミラさんの言葉が、私の胸に深く響きました。

 

 そうです。私には、人を助けたいという気持ちがあります。村のみんなを大切に思う心があります。それがあれば、どんな困難でも乗り越えられるはず。

 

 窓の外を見ると、いつもの薬草園が朝日に輝いています。今日も、明日も、薬草の世話をして、ミラさんを手伝って、村のみんなの役に立つ薬を作ります。そして、もっともっと勉強します。

 

 私の新しい一日が、始まります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薬師見習いの決意 代引 @mizuhakobe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る