スイマー
海湖水
スイマー
「川凪くん、起きないと」
僕は、朝原の声で目を覚ました。ああ、良い眠りだったのだが、まあ仕方ないと言えば仕方ないが。
僕はゆっくりと頭を持ち上げ、ぼんやりとしている目を擦った。まだ頭が少し痛い。眠気もある。
「ん、おはよ。どうし」
「よく眠れましたか?」
霞んだ目の先には英語教師のオニババが立っていた。朝原の方をチラリと見ると、頭を抱えて僕を見ていた。
あー、なるほどね。
僕はこの先の展開を何となく理解した。
昼休み、僕は弁当を机の上に広げた。母が今は出張でいないので、かわりに自分で作ってきた弁当。朝早くに起きるのは苦手だが、起きなければ昼飯がないというならば、何としてでも起きるしかない。その結果、授業中に睡魔がよく襲ってくるのだが。
卵焼きを食べていると、横の席に弁当を持った朝原が近づいてきた。いつもは食堂で食べているイメージだから、珍しいように感じる。
「横、いい?」
「ん、いいぞ」
「ありがと。……川凪くん、災難だったね」
「いやまあ、寝た僕が悪いと言えば悪いんだけど」
「まあ確かに、同情する理由じゃないや。あ、でも、条件によっては同情できるかも」
「何だよ、条件って」
「川凪くんって、コーヒー飲んでる?」
僕は水筒に目を移した。コーヒーは今は飲んでいない。まあ、そもそも好きではないという理由はあるが。
「飲んでないけど」
「飲めば良いのに、カフェインとか言うじゃんか」
カフェイン、僕はその言葉を繰り返し口に出した。そう言えば、昔コーヒーを飲めば寝なくなるという話を聞いて飲んでみたことがあった。まあ結末は残酷だったが。
「悲しいことに、カフェインは効かない体質でね」
「え、ほんとに?じゃあさ、何時に寝てる?」
「夜の10時」
「何でそれで授業中寝ちゃうの……」
それが分かれば苦労はしない。
中学生の時は授業中に寝るなんてことはそうそうなかったが、高校生になってから急に眠くなることが増えた。授業には家での予習復習で対応できるものの、なんやかんやで困ることも多い。
「寝てしまう理由ねえ。強いて言うなら、高校生になってから運動しなくなったことかなあ」
「……それでそこまで寝ることある?」
「さあ?分からんけれども」
中学生の頃は水泳部に入っていたが、高校生になってからは泳ぐのをキッパリと辞めた。食べる量も減ったから体重の変動はあまり無いし、運動もできないことはない。
もしかして運動量が減ったのが寝る理由なのか、とも思ったが、そんなことは聞いたことがない。
「まあ、とりあえず運動してみたら?寝る理由が何か分からないなら、やってみても良いんじゃない?」
「まあ、それはそうだけど」
また眠くなってきた。僕は席から立ち上がると、顔を洗いに教室を出ようとした。
「川凪くん。これ」
「え、っておわ!!缶を投げるなよ」
僕の手の中には一本の缶コーヒーが収まっていた。朝原の方をチラリと見ると、朝原は笑みを浮かべながら、話を続ける。
「一回コーヒーも試してみたら?前は効かなかっただけで、今は効くかもよ?」
「……ありがと」
顔を洗った後、コーヒー缶を開ける。缶の中からはいつも通りのコーヒーの香ばしい匂いがする。
僕は缶に口を当て、一口飲んだ。
苦い。でも、微かに優しい味がした。
スイマー 海湖水 @Kaikosui
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