第58話 葬列の花弁が散る夜、仮面の妻は怪しく囁く

 俺たちの作戦は単純だった。

 アルターとアスリナ配下の魔導士が、二つの結界を同時に解除する。

 アスリナの部隊を陽動部隊と侵入部隊の二つにわけ、陽動部隊は陽動、侵入部隊は物理的な侵入路から侵入。   

 ヴェレムと俺が魔族に化けて内部へ紛れ込む。


 そして、リリスを取り戻す。


***


 ヴェレムが用意した魔装具を使って、俺たちは招待客に偽装した。

 黒曜の仮面には、微細な魔紋が刻まれている。見る角度によって淡く光が揺らぎ、魔力の流れを乱反射させて本来の姿を覆い隠す仕組みだ。


 ヴェレムは深紅のドレスコートに、銀糸の刺繍をまとっていた。

 黒い仮面の下でもわかる整った輪郭。淡い銀髪を高くまとめ、肩口には黒羽の装飾。妖艶で気高く、まさに魔界貴族の妻と呼ぶにふさわしい姿だった。


 一方の俺はといえば、黒と灰を基調にした礼服に、赤銅の飾り帯。

 仮面の縁からのぞく髪は濃い銀に変わり、肌もやや灰がかって見える。

 どう見ても、古い血統の戦闘貴族――そんな雰囲気に仕上がっていた。


「……見事なもんだな。誰も俺だと気づかねぇ」

「当然です。私が選んだ装具ですから」

 ヴェレムが仮面の奥で微笑む。

 その余裕のある仕草がまた、役にぴったりすぎて腹が立つ。


「あなたの役柄は、辺境の無骨な魔界貴族。演じるのは苦手だからちょうどいいでしょう?」

「……おい」

「ふふ、不服そうな顔も可愛らしい」


 悪びれもせず笑うその声を聞きながら、俺はため息をついた。

 ──どうやら今回も、ヴェレムの掌の上らしい。


 館の中央門を抜けて、館に入ると、冷たい香の匂いが鼻を刺した。

 紅い花弁が絨毯のように敷き詰められ、天井には黒鉄の燭台が連なっている。

 青白い炎が等間隔に揺れ、まるで葬列の通路のようだった。


 黒衣の招待客たちが並び、仮面越しにこちらを一瞥する。

 誰もが笑っていない。

 ――祝祭の空気など、どこにもなかった。


「……結婚式というより、儀式の場だな」

「魔族にとっては、契約を結ぶ場、そして権威を示す舞台ですから」

 ヴェレムの声は静かだが、目だけは鋭く周囲を見渡していた。


 そのとき、胸の奥がわずかに震えた。

 心臓ではない――魔力の波動だ。

 共鳴環に仕込んだ符が、一度だけかすかに反応した。


(……アスリナ、入ったな)


 微細な共鳴。成功の合図だ。

 顔には出さず、俺はワイングラスを取るふりで胸の震えを抑えた。

 ヴェレムが目だけでこちらを見て、わずかに頷く。


「結界が緩みました。彼女たち、うまくやりましたね」

「上出来だ」


***


 そんな時、ヴェレムが俺の袖を軽く引いた。

「……少し、人目を避けましょう」


 黒曜の仮面越しに見上げるその瞳が、わずかに揺れている。

 息が近い。仮面の縁から漏れる熱が、肌をかすめた。

 ただの演技ではない。焦りとも昂ぶりともつかない、甘い熱が混じっている。


「……何かあったのか?」

 胸の奥がざわめく。鼓動が一拍、遅れて跳ねた。

 俺は小さく息を整え、ヴェレムの後に続いた。


***


もし面白ければ、★をつけていただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16818792435685695540





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【40,000PV突破御礼】古医術で診療所やってたら医術ギルドに潰されそうになり、闇バイト先が魔王軍で魔族たちに溺愛されてます(R15) 悠・A・ロッサ @GN契約作家 @hikaru_meds

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画