第8話 嵐のイタズラ

縁側に座り、私は自分の着物のほつれを縫い直していた。

針に糸を通し、ゆっくりと慎重に縫い進める。慣れない手つきではあるけれど、それでも少しず

つ、自分の手で何かを整えていくのは、どこか楽しかった。

そんなとき、背後からふいに声がした。

「……何をしている?」

「わっ、蒼様……! 今、着物のほつれを直していたんです」

私は振り返って、慌てて答える。

けれど蒼様の視線は、着物ではなく私の手元に向いていた。

「……随分、怪我をしているな」

その言葉に、私はぎくりとする。

指先にはいくつか小さな絆創膏のように布が巻かれていた。縫い針に何度も刺してしまった痕

だ。

「い、いえ、大丈夫です。ちょっと刺しただけで……」

「痛そうだ。……どれ、見せてみろ」

そう言って、蒼様は静かに手を差し出す。

私は少し戸惑いながらも、言われるまま自分の手を彼に預けた。

蒼様の手は大きく、けれど優しく私の手を包み込む。

その手が一瞬、淡く光を帯びたかと思うと、すぐに離された。

「……えっ?」

手のひらを見下ろして、私は驚いた。

さっきまであった傷が、すっかり消えていたのだ。

「蒼様……これ、あなたが?」

「ああ。傷があっては、仕事も思うように進まんだろう」

その声はいつものように淡々としていたけれど、どこか気遣うような響きも感じられた。

すると蒼様の視線が、再び私の着物に向かう。

「しかし……その着物、もう随分色あせて、汚れも目立ってきているな」

「いえ……でも、人に見せるわけでもないですし、これで充分です」

私は苦笑いを浮かべて答えた。

けれど蒼様の目が細くなり、低く呟く。

「ふん……俺の前では、そんな姿を見せても構わないというわけか」

「そ、そういうわけじゃっ……!」

慌てて否定する私を見て、蒼様は少しだけ唇を緩めた。

「なら――新しい着物を仕立てよう。街にも用がある。ついでに、お前のものも整える」

「街……ですか?」

私が首をかしげると、蒼様はうなずいた。

「ああ。お前のためだけじゃない。俺も街に用がある」

「一緒に……行っても、いいんですか?」

「お前の着物を選ぶのはお前だ。それに、たまには外の空気を吸うのも悪くないだろう」

私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。

蒼様が私のことを思ってくれている。それが、嬉しかった。

「はい、楽しみにしています」

正直、また人に会うのか怖かったが蒼様と一緒なら大丈夫だと思えた。

翌日、私が朝ごはんを食べていると、珍しく嵐さんが神社を訪ねてきた。

「やあ、加奈ちゃん。遊びにきたよ」

「嵐さん、ここにきて大丈夫なんですか?蒼様、まだいらっしゃいますけど」

「いや、俺が呼んだんだ」

そう蒼様が言ってニコッと笑う嵐さんがいた。

「そうそう、街に降りるときは、俺に変化の術をかけてもらえないといけないからね、蒼はそういうのができないから」

確かに、蒼様の容姿はほとんど人間に近いが、人間ではない事もわかってしまう。

蒼様の額には角が小さく生えており、首には少し鱗が見えるからだ。

「じゃあ、嵐頼む」

「了解」

そう言って嵐は何か術を唱えて蒼の角と鱗を隠した。

「じゃあ、次は加奈ちゃんだね」

「えっ?!私もですか?」

「そりゃそうだよ、そんな着物じゃ街の人にも怪しまれるからね」

そう言って、また嵐さんは術を唱えて私の服装を少しだけ綺麗な着物に変えた。

「わっ、すごい!蒼様どうでしょうか?」

私が聞くと、蒼様は目を私から嵐さんの方に向けた。

「加奈ちゃん、頭触ってみて」

「頭ですか?」

私は頭の方に手を伸ばす。

すると何かふわふわしたものが手に当たり違和感を覚える。

私はそっと手を滑らせて、そのふわふわとしたものの正体を探る。

まるで動物のしっぽのような手触りで。

「……耳?」

自分の頭の上に生えているのは、柔らかく揺れる狐の耳だった。

「えっ!? な、なにこれ!?」

「おぉ〜、似合ってる似合ってる!」

嵐さんはお腹を抱えて笑いながら、くるりと私の周りを回って眺める。

「嵐さんっ! これ、なんなんですか!? 服を変える術じゃないんですか!? 戻してください

よ!」

「いやいや、術だよ。変化の一部なんだけど、ちょっと遊び心を加えてみただけ」

「ふざけないでくださいっ!」

私が頬を赤らめて抗議すると、蒼様が一歩前に出て、嵐さんを冷たい目で睨んだ。

「……嵐、やりすぎだ」

「はいはい、ごめんごめん〜、すぐ戻すって」

嵐さんが指を鳴らすと、私の頭の上からふわふわの耳は消え、いつもの自分に戻っていた。

私は額に手を当てて思わずため息をつく。

「まったく……心臓に悪いです」

「でもまぁ、加奈ちゃんもすぐ街に馴染めると思うよ。そっちの姿、なかなか可愛いし」

「そんな、こと言わないでください、、」

私は顔を押さえて否定した。

「加奈、そろそろ向かうぞ」

「はっはい」

すると蒼様は私の腕を掴んで神社を出ていった。

「蒼、あの娘には随分と惚れているみたいだな」

嵐の声は風に消え、2人に聞こえることはなかった。

ただ嵐に見えていたのは、思い人をあまり人に見せたくないという蒼の意志だったのかもしれない。

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龍の嫁入り 〜神様は生贄の私を妻にするそうで〜 ソウタ @Youta922

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