思考

ひのかげ

1

 特別な決断だったとは思わない。ただ、それは自然な流れだった。合理的な選択。大多数がそうしているように、僕もその一人になっただけのことだった。



 朝は決まった時刻に起きる。睡眠リズムは完全に調整され、アラームではなく脳波同期型の微振動で目覚める。顔を洗い、歯を磨く。身につける服は、天候・体調・スケジュールに応じて自動選択されており、クローゼットからすでに準備されている。


 朝食も適切な栄養素と好みの味に調整されている。摂取カロリー、血糖値、消化速度すべてが最適化されており、なぜか昔より「おいしい」と感じる頻度が増えた。


 AIによるメンタルバランス調整は、すでに国家標準だ。定期的な感情評価スキャンが行われ、負の感情の兆しがあれば、必要な処置が施される。薬ではない。光、音、香り、微細な刺激、そして言語介入。それらの織り交ぜで、心はなめらかに修正されていく。


 かつては夜になると、胸のあたりに何かが沈んでいた気がする。空洞。名のつけようのない、何か。でも、今はない。もしそのような兆候があったとしても、早期検出プログラムが介入する。感情の過不足は、もはや"体調不良"と同義だ。


 だから、僕は安心して眠る。


 不安もなく。夢もなく。



 それでも、ときどき奇妙な感覚に襲われることがある。たとえば、ふとしたときに思うのだ。「これは誰が望んだことなのか?」と。


 だが、その思考は長く続かない。すぐに環境音が調整され、香りが変わり、心地よい感覚が現れる。静かに──まるで自分の意志で忘れるように、僕はその問いを手放す。


 以前、自分が何かを書いていた気がする。


 日記のような。物語のような。自分自身を表現しようとしていた断片が、確かにあった気がする。


 だが、それを思い出そうとするたびに、決まって強い眠気が訪れる。まるで思考そのものが、眠りの中へと回収されていくような感覚。無理に抗おうとは思わない。それは「過剰反応」とみなされるから。


 こうして僕は、何も不自由のない生活を送っている。


 毎日が平穏で、機能的で、無駄がなく、苦悩もない。


 それでも、どうしてだろう──僕は今、物語を書いている。


 言葉が湧く。意味が形を持つ。誰に読ませたいのか、なぜ書くのか、わからない。それでも止まらない。


 だから、このまま続けようと思う。



 ところで、いままでの文章は誰が考えて書いたのだと思う?

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思考 ひのかげ @hinokage_writer

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