魔女に「絶対に好きになる魔法」をかけられた

欠片

魔女に「絶対に好きになる魔法」をかけられた



「おい! 何をするんだ!」



 若くして第四王子に選ばれたレオンの声が王室に響く。

 

 目を覚ました時、レオンの両手は強化魔法が付与された紐で拘束され、両足も王座の脚に同様に結び付けられていたのだ。

 また、王室の護衛が床に倒れている。血が出ていないので恐らく気絶しているのだろう。


 どれもこれも原因はだいたい分かっていた。

 それは、目の前にいる魔女の仕業だろう。円錐形の魔女帽からニヤニヤと薄気味悪い表情を覗かせている。



「あら、起きたのですね。愛しの王子さまっ」



 艶やかな金色の髪を揺らめかせ、紫の目を細くしてこちらを見ている。

 妖艶な声色で返答した魔女は、赤く塗られた唇に人差し指を当て、より深く口角を上げた。



「どうやってここまで侵入したんだ!」



「ふふっ、やはりお気づきになられてないのですね。三ヶ月前から、ずっと傍にいたではありませんか」



 三ヶ月前、何があったかと遡って思い出すと、新しい侍女として『アリス』が採用されてから経つ期間と一致する。それに周囲を見渡しても、いつも傍にいるはずの侍女アリスが見当たらない。

 思えばアリスも、紫の瞳で、金色の髪を後ろで纏め上げていた。それは眼前の魔女と同じ容姿であった。



「まさか、お前……アリスか?」



「うっふふ、ようやくお気づきになってくださいましたのね」



 彼女からは何か愛玩動物を愛でるような目つきと口調が絶えず続いた。



「お前、最初から工作員として傍らにいたのか!」



「あら、工作員とは聞こえが悪いですわね……」



 傍から見たらアリスの行動は紛れもない諜報ちょうほう活動だ。護衛と交戦し王子を拘束するなど、即刻処刑されてもおかしくはない。

 しかし、レオンの想像とは裏腹に、アリスの思惑は別にあった。



「こんなにも……こんなにもレオン様をお慕いしておるというのに……」



 そう言って色白な両手を目頭に当て、メソメソと泣く素振りを見せた。が、おそらく嘘泣きである。



「おい、嘘泣きはやめろ、話が進まなくなる。それに……『お慕いしている』って一体、どういうことだ?」



「うっ、ぐぬぬ~、ここまで言って分からないのですかそうですか! なら、強制的に愛してもらいましょう」



 アリスは突如として目付きを変え、今度は獲物を捕えるかのような鋭い目を向けた。

 レオンは第四代目王子に選ばれた存在。アリスの豹変ぶりを見ただけで分かる。

 魔力がアリスの掌へ集中しており、桃色の球状の魔法弾が形成されていた。


 レオンが今まで見てきた魔法弾とは明らかに違う……もっと強力な魔力で出来た何かが放たれようとしている。

 避けようにも頑強な紐が邪魔をする。いつもなら冷静に対処できるはずが、こうもなれば身の危険が焦りに変わる。



「待て、やめろ! 俺に危害を加えたら処刑されてしまうぞ!」



「そう簡単には死にませぬわ。レオン様はそこで静かに私の愛を受け取ってください!」



 刹那、魔力が放出された轟音と共にレオンの視界が桃色一色に染まった。



「ッ! ……って、あれ?」



 閉じていた瞳をゆっくりと開く。魔法弾が胸部に命中し、絶対に致命傷は負ったと思ったが、身体に外傷や痛みはなく、特に変化はなかった。



「あら? おかしいですわね。失敗でしょうか……?」

 


 少々驚いたような顔をしながら、アリスはパチンと指を鳴らすと、空間上から魔導書を取り出した。これも魔法の一種なのだろうか。

 パラパラとページをめくり、先程の魔法の取り扱い説明を探している。



「あ、ありましたわ。どれどれ〜……『この魔法は、対象者が使用者に対し、好意的感情を抱いている場合、無効化される』……」



 と、そんなことが書かれていたらしい。

 アリスは無意識にレオンの方へ目をやり、数秒間見つめ合う。

 すると、突如としてレオンの頬が赤く染まり始めた。



「あら、あらあらあら〜、レオン様ぁ~?」



「ち、違う! べべべ別に、お前のことなんか好きじゃない!」



「へぇ〜、ふぅ〜ん、そうですかぁ〜」



 アリスは最大級のニヤつきを見せた。アリスは確信しているが、レオンが今なお否定に入る。



「おい、その顔やめろ! う、疑うんだったら、もう一度その魔法かけてみろよ!」



「あら、自ら懇願してくるなんて……うふふ」



「なんか言い方が気持ち悪いからやめろ!」



 羞恥しているのか気味悪がっているのか、はたまたその両方かよく分からない表情をしたレオンに対して、アリスはクスクスと笑う。



「ええ、何度でもかけて差しあげましょう。私の愛を、存分に味わってください」



 ーーあなたの愛も存じていますから。



 そう言いかけたアリスは、まだ口には出さずに心の内にしまった。

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